GrindHouse magazineの起点とは?



7月31日で創刊15周年を迎えた。これもひとえにみんなのおかげだ。読みたいと思ってくれる人たちがたくさんいてくれること、頑張ってほしいと思ってくれる関係者の方々が大勢いてくれることの結果であり、賜物だ。「長く続けたい、続けなきゃ」と強く意を決したこともなければ、肩に力が入ってたわけでもないのでなおさらだ。それより一号一号、毎号毎号とにかく必死で、それで精一杯だった。この場を借りて、改めて心より感謝する。みんな、本当にありがとう。
創刊15周年というのは、あくまでも商業誌化してからの歳月で、起点はもっと前にさかのぼり、形態も異なるところにある。実は今年で23周年となる。

92年、USロックシーンがとにかく元気でめちゃくちゃ勢いがあり、とても魅力的だった。NIRVANA、PEARL JAMらが牽引したグランジ/オルタナティヴロックをはじめ、まるで次から次へとっていう感じで新しいアーティスト、音楽が、あのどデカいUS大陸のあちこちから飛び出してはブイブイ言わせてた。

そのさなかにGrindHouse nightというDJクラブイベントをスタートした。それも渋谷や麻布や青山で、じゃなく、北区王子というクラブイベントに縁も所縁もなさそうなところで。その頃日本は大がつくくらいのクラブブームでそこら中にクラブが乱立し、連日連夜イベントが催されてた。そうした場に足しげく通う人たちのことを“クラバー”と呼ぶ流行語のようなものまで使われたほどだった。なにしろ“生来ヘソ曲がり”だ(苦笑)、そういう流行、喧騒を嫌い、クラブ、3rd Club Birth(閉店)の当時のブッキングマネージャー氏からの熱心な誘いもあり、王子で始めたと記憶する。

シーンの構造が根底からくつがえされるぐらい欧米じゃ大きなうねりとなってた新型USロックだったものの、残念ながら日本じゃそれはなかなか広がらず、根づかなかった。洋楽ロック誌はそうした動きをほとんど進んでは取り上げず、SNSどころかインターネットも普及する前の時代のことだった。で、ふと思いついた。「DJクラブイベントとして音の情報だけじゃなく、活字の情報も発信しよう」と。で、A4サイズのコピー用紙の内側に太枠をつけ、スペースを四等分し、話題のアーティストの写真を入れ、最新情報を手書きしたものを版下のようにしてコピーし入場者に無料配布した。イベント終了後の場内清掃中、それが1枚も捨てられてないことを見て「この手の活字情報は絶対に必要とされてる」とピンときた。以降イベントの回数を重ねるごとにその手書きの、小学生のガリ版新聞のような(一応)フリーペーパーも目当てに来場するお客さんの数がどんどん増えていき、併せてページ数も膨らんでいった。それが写真にあるNew Tips from GrindHouseで、これがGrindHouse magazineの起点であり、原型だ。

2015年8月14日
有島博志