あの日、あのとき…ZEBRAHEAD編

ふとしたきっかけで、バンドに関する昔のことを思い出すことがある。 これまでに何度も来日してるZEBRAHEAD。夏フェス参戦に単独公演実施と、1枚作品を出せば必ずそのサイクルで2度来日する。かつて本国アメリカでライヴを観たことも少なくない。言うまでもなく、つい先日もMAN WITH A MISSIONとのOut Of Control JAPAN Tour 2015参戦で来日したばかりだ。作品発売や来日のタイミングで必ず取材するのだけど、今回は取材を2度行ったり、ベン・オズモンドソン(b)と個人的に朝食をともにしたり、バンド投宿先のホテルで偶然メンバーに出くわしたりと、いつもの来日のときより密接だった。

愛称で呼ぼう、ゼブヘが通算2枚目の『WASTE OF MIND』でメジャー&日本デビューしたのは98年真夏のこと。そんなある日、当時の担当者W氏より電話があり、「紹介したいバンドがいる。音源と紙資料をバイク便で送るんで聴いて気に入ったら一緒にやりたい」と言われたのが最初だった。当時、自分も含めて所属レコード会社ソニーの誰も彼らのことを知らなくて、「ZEBRAHEAD? どこのどちらさま?」という感じだった(笑)。インターネットが普及する前のことだからなおさらだ。それでも自分は『WASTE OF MIND』1曲目の“Check”にヤラれ、通して“メロディが立ったわかりやすいミクスチャーロック”であるそのサウンドは絶対日本でイケる!となり、W氏に即電話を入れ「やろうやろう、一緒にやろう!」と伝えたのが、仕事の始まりだった。それ以来ゆえゼブヘと仕事を介してのつき合いは今年で17年を超える。なお、下記のが当時のプロモーション用写真だ。当然今現在の布陣とは異なり、ジャスティン・マウリエロ(vo,g)とグレッグ・バーグドルフ(g)がいる。みな一様に若く、そして痩せてる(笑)。




『WASTE OF MIND』発売直後のこと。偶然だったんだけど、US西海岸カリフォルニア州ロサンゼルスの一角、ハリウッドストリップにある有名クラブ、ROXY THEATREで、CDリリースパーティを兼ねたゼブヘのライヴを初めて観た。お客さんの入りは8割ぐらいで(キャパシティ400人ほど)、盛り上がりようもなかなかだった。で、客席後方に明らかにメンバーたちの家族と思しき人たちが群れをなしてるのを発見!そーっとそーっと近づいていくと(笑)、曲が終わるたびにその人たちは大歓声を上げ、ステージ上のバンドに拍手を送ってた。そして「うちの息子もやるじゃないか!」とか「ジャスティンったらあんな言葉を声を大にして叫んで、もう!」とかっていう父親や母親のつぶやきのようなのも漏れ聞こえてきて、彼らがゼブヘの家族であることを確信した(笑)。後日、『YOUNG GUITAR』誌用にグレッグとの電話取材が実現した(当時GrindHouse magazineは商業誌としては創刊前だった)。そのとき「ライヴにメンバーの家族がきてたね」と向けると、グレッグはこっ恥ずかしそうにこう答えたのを憶えてる。

「そう、みんなオレたちバンドの家族。親兄弟や友達。たくさんきてくれたんだ、あの晩。彼らのサポートがなかったら今のオレたちはないからね(苦笑)。とても感謝してるよ」

こうした人間味っていうかなんていうかを早い段階で目撃したのも、ゼブヘを個人的に、またGrindHouseとして長くサポートできた要因のひとつになってることは間違いない。もちろん、時代もよかった。『WASTE OF MIND』はいきなり日本で5万枚を超す好セールスをマークした。そして、次作『PLAYMATE OF THE YEAR』(2000年)発売とフジロック参戦などで、ゼブヘはさらなる人気者となっていくのである。で、ゼブヘにはこれまでに5度表紙周りに登場してもらってる。でに5度表紙周りに登場してもらってる。前回、残念ながら初表紙登場号VOL5は現物はおろか、画像データすら残ってないためお見せすることができない、と書いた。が、しかし偶然社内で見つけ、出てきた(汗)。






当時、所属レコード会社のオフィスが高級住宅街にあった。表紙の写真はオフィス内で撮影したものだけど、取材記事へと入っていく前の見開きページに掲載した写真は、オフィス近くのちっちゃな公園で撮影を行った。下記にも加筆してる。







Vol20、25、67は若干数編集部に在庫あり。購入希望者は info@grindhouse.jp までお問い合わせを。ありがたいことに、このブログ記事を読んで興味を持ってもらい、購入してくださった方がけっこういた。残僅少だ。ご購入はお早めに。

来年2月に再びゼブヘに会えるのを楽しみにして!

Be straight!

2015年11月16日
有島博志


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