茂木洋晃(vo)、今だからこそ初期活動期、
そして音源を語る! part 2


G-FREAK FACTORYが『36.29N, 139.00E』(2004年)から実に
9年ぶりとなる最新フル作『S.O.S』を完成させ、8月7日に発売
する。それに向けて予習・復習の意味も兼ね、かつての作品群
(すべて絶版)を順を追って音楽的に振り返ってもらった。第2回
の今回は2枚目のフル作『島生民(とうしょうみん)』(2003年)と、
初ライヴ盤『LIVE at MAEBASHI club FLEEZ“The Last Day”』
(2004年)についてだ。

――長いことアメリカに住んでたんですよね。にもかかわらず、『島生民』からグッと
日本語詞が幅を効かせ始めて…。
「英語が喋れるっていうおごりがライヴでかさむんですね、やっぱ。“Fuck!”とか“Peace!”
とかって言っても、英語詞で歌って単純に楽しいとかいう言葉だったら全然イイと思うん
ですけど。そういうところにチャレンジしたいな、っていう想いがあって、この作品には。
正直、英語って我々日本人にとっちゃセカンドランゲージにもなってない。和製英語はあり
ますけど。言ってみれば英語って、大半の人たちが宇宙語のように聞こえると思うんです。
なにを言ってんのかわかんないけどたぶん英語だろ、みたいな。歌詞にフランス語を刺し
たって、たぶんわかんないと思うんです。で、ライヴでドカッと刺さるのってやっぱ日本語
じゃないですか。『島生民』の歌詞を全部英語で書き代えろって言われたらできます。でも
それは違う。できることなら日本語がイイ。それにチャレンジしたいというのがありましたね」

――どれだけ長くアメリカに住み、そこのカルチャーにドップリつかろうが、自分はあくま
でも日本人だ、と。
「そう、そこなんです。アメリカにいって、初めてボクは日本人ということを強く意識したん
です(笑)。どんなにイイ女を乗っけて、サボテンだらけの道をアメ車でラジオを聴きながら
ドライヴしても、ボクが日本人だっていう“事実”は変わりようがない。で、日本人っていうこ
とにプライドを持たなかったら、アメリカで暮らす存在価値すらないっていう気持ちになって。
そこから調べたのが太平洋戦争。“あの戦争で負けたからだ”とか“じゃ勝ってたらどうなっ
てたんだろ?”とかっていろんな著書を読んだ。“そっか、やっぱ敗戦国がゆえにボクはここ
でこういうふうにしてるんだ”って悟って。だけど戦争で散っていった日本人たちはこんなふ
うになるつもりはなく散っていったろうし。そこにプライドをもう1回、ジャパニーズプライドと
いうようなものを。だけど生粋の日本人ってアイヌと沖縄の人たちで、あとはもうほとんどが
移民だと。この事実を教えてくれたのが、実はアメリカ人だった。アメリカじゃその事実を歴
史の常識として教えてるんですけど、日本の教科書には絶対出てこない。これはヤバいぞ
と思い、それがきっかけとなり、日本人に対して日本語で…っていうか、日本で活動するん
だっていう気持ちが強くなりましたね。アメリカ生活はイイ思い出じゃ終わってないんで、リベ
ンジしたいって思ったんですね(笑)。向こうでの生活を終え、日本に帰ってきたらなんとも
言えない安堵感を味わいましたね。こんなストレスのない国はない、って実感しました。しか
も言葉を考えずにぽんぽん母国語で喋れる。スゴくイイことだなってさらに日本が好きになった。

アメリカで初めてG-FREAK FACTORYでライヴを演ったときMCは英語だったけど、日本語
詞の曲しかやらなかった。そのプライドから(笑)。だから全曲の日本語詞を英語詞に翻訳し
観てくれた人たち全員に配り、こういう意味なんだっていうことを伝えた。MCを英語でしたら、
わかんないんですよ、ほかのメンバーは。だからMCの最中に曲が始まっちゃったり(笑)。
で、“なにやってんのよ!”って(笑)。そういったすり合わせが全然できてなくて。UZUMAKIと
一緒にいったんすけど」

――前ミニ作『Northern Light Tribe』(2001年)は「全然好きじゃない、もう忘れたい作品」って
言っていましたけど、『島生民』は?
「もう大好きですね。今もなお誇りを持てる作品だと思います」

――『Northern Light Tribe』と比較すると、
日本語詞がより前面に出て、音楽性もスゴ
く変わりました。
「変わりましたね。一番大きな理由はボク
の母親がちょっと体調を崩したことにあって。
その理由が、ボクがフワフワしてるから。
母親をおんぶして病院にいきました。母親っ
て神様なわけですよ、ボクからすると。その
母親が言うわけです、“アンタがしっかりして
ればこんなことにはなってなかった”って。
“うわ、重てー!”って。さらにそのとき、テロ
(対米同時多発テロ)が起きたんです、ちょ
うど。で、ウソ偽りなく書いたのが、『島生民』
でした」

――その後ライヴ盤が続きました。このタイ
ミングでなぜライヴ盤を?
「それはですねぇ…ボクたちの意図するもの
じゃなかったんです、実は。『島生民』と次の
『36.29N,139.00E』の間に出たものなんで
すけど、この3作品を2年以内でやってるん
です。まさにたたみかけ、ドンドンドン! って」

――だけど本意じゃなかった?
「ホントにライヴ盤を出すっていうのは本意
じゃなかったです」

――だけど出さざるを得なかったと?
「そうです。今の方が断然ライヴ盤を出し
たいです(笑)」



文・有島博志/text by Hiro Arishima
協力・三山桜
photography by HayachiN


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