新ドラマー、エレン・イラハイに初対面取材敢行!!

今夏サマソニ東京初日、8月16日――。当日、Twitterの有島のア
カウント(HIROARISHIMA666)でつぶやき続けたとおり、AVENGED
SEVENFOLD(A7X)の対面取材ができるのか否か、が難航した。
事前にエレン・イラハイ(ds)は応じると言われてたものの、当日そ
れもA7Xの出番数時間前に突然「体調不良のため応じられない」
との一報が日本のレコード会社の担当者より伝えられた。が、しか
し、それから間もなく状況は逆転し、取材可能に。それがこの記事
なわけだけど、エレンが体調不良だったのは事実で、時折咳き込
みながらも、進んで応えてくれた(よって取材時間は15分に満たな
かった)。初対面だったけど、とても気さくなナイスガイだった。

――今回、初めての取材なんで、ごく初歩的なことを訊かせてください。
名前(Arin Ilejay)の発音の仕方はエレン・イラハイでイイですか?
「正しいよ! 初めて正しく発音してもらえたんじゃないかな。正しく発音で
きる人がいなかったんだ。大抵は“イラジェイ”とか言われる。キミは正し
いよ。フィリピン系なんだけど、中国の血もホンの少しだけ入ってる。だけ
ど英語以外の言語は喋れないよ」

――2012年の来日公演で初日本を経験したわけですけど、あのとき東
南アジア一帯もサーキットしてましたよね。けっこう嬉しかったりして。
「ああ、とてもね! だけど今回の方がさらに楽しいよ。今日はボクの結婚
1周年記念日なんでね」

――Wow! それはおめでとうございます!
「ありがとう。今回はワイフも一緒にきてるんだ。実は3、4日前にきてた
んで、いろんなところにいくことができたんだ。渋谷のあの有名なスクラ
ンブル交差点にもいけたし、東京タワーにもね」

――完全に観光客。新婚旅行パート2みたいな(笑)。
「そう、完璧に観光客してるよ(笑)。だからものスゴく楽しい。ボクたちは
日本が大好きだからね」

――フィリピンと中国の血を引いてるとは言え、アメリカで生まれ育ったわ
けですから、やはり日本文化とか、いろんなところへいったとき新発見っ
てありました?
「ここでの食事は父親とするときと同じで、必ずご飯(=白飯)が出るんだ。
あれは大きかったな。父親はフィリピン系ヒスパニックなんで、フィリピン
からの影響とメキシコからの影響を両方受けてる。だけど、ここの人たち
がみんな親切であることは間違いないよ。みんなリスペクトの気持ちを
持っているよね」

――生まれはカリフォルニア州南部ベンチュラと聞いていますけど?
「そうだよ」

――実はベンチュラに何回かいったことがあるんです。
「本当に? 気に入ってくれた?」

――う~ん…(苦笑)。初めていったのが88年か89年で、MEGADETH
のライヴを観にいったんです。会場は古ぼけた劇場でした。ちょうど彼
らの『SO FAR, SO GOOD…SO WHAT!』(88年)が出たときで。
「Wow! ボクが生まれた頃だよ(笑)」

――ぇ…。
「26年前だね(笑)」

――今もベンチュラに?
「今はサンタクラリタ(=ロサンゼルス郊外)に住んでる。Six Flags Magic
Mountainっていう遊園地がある。今はそこに住んでるけど、近々パサデ
ナに引っ越したいと思ってるんで、今そっちで物件を探してるところさ」

――いつ、どういうきっかけでドラムを始め、そしてメタルへと入っていっ
たんです?
「父親がミュージシャンでギタリストなんだ。カリフォルニア州パームデー
ルで教えてるんで、生徒が自分が習いたいいろんなアーティストや音楽
スタイルをしょっちゅう持ってくる。で、生徒のひとりがA7Xを持ってきた
んで、父親は生徒を通じボクに『WAKING THE FALLEN』(2003年)を教
えてくれた。っていうふうに、ボクが好きな音楽はすべて父親に教えても
らったもの。ファンクからメタル、R&B、クラシックロック、ジャズまでね。
ボクは最初ドラムを叩いてなかった。父親が持ってたドラムマシーンの
ボタンを押して、ドラムサウンドを出してた。それを繰り返すうちにドラム
を好きになったんだ」

――じゃメタル以外の音楽でもプレイできると?
「そうだね。父親がEARTH, WIND & FIRE(EWAF)が大好きだったんで、
ボクも彼らにスゴく影響された。EWAFだろうが、MY CHEMICAL ROM-
ANCEだろうが、A7Xだろうが、ボクが好きだったバンドを聴いて練習して
た。音源のドラムを真似て叩いてたんだ。ファンクをプレイするのも大好
きだよ。その後ブルースも知り、バーでブルースをプレイしたりしてた。
リハーサルもなく、ただいっていきなりプレイしたりとかね」

――環境やジャンルに即対応できるドラマーですね。
「そうだと思いたいけど(笑)」

――A7Xに加入する前、CONFIDEっていうバンドをやってたんですね。
そのバンドはエレンにとっての初のリーダーバンドだったとか?
「イヤ、CONFIDEはボクが加入する数年前からすでにあったバンドさ。
メンバー全員、友達だったし、当時ボクは普通の仕事に就いてたけど、
以前から彼らの音楽が大好きだったんで、辞めたドラマーの後釜に収
まろうと思ったんだよ(笑)。で、加入できるや否や、イギリスのマンチェ
スター出身のシンガーが入ったんだ。その布陣で初めてのライヴもや
った。それからレコード会社と契約を交わした。2年間彼らとツアーした
けど、そのおかげでこの業界に入ることができたんだ。A7Xのオーディ
ションを受けさせてくれた人とも知り合えたしね」

――CONFIDEじゃどんなタイプの音楽を演ってたんです?
「クリスチャン・ハードコアバンドだった。スクリーモタイプの音楽って言
ってイイんじゃないかな」

――スクリーモを演ってたなんて、ちょっと想像できませんね。
「楽しかったよ。ボクはとっても気に入ってた。イカしたサウンドだったし、
プレイしたい気持ちにボクを駆り立ててくれたことは間違いないから。
初めてツアーを体験することもできたから、とっても充実してたよ」

――CONFIDEからA7Xに。いきなりデカいバンドに、そしてすでに内部
の人間関係ができ上がってるところに入ったわけで。大変だったでしょう?
「一番大きかったのは、ボクが前からA7Xのファンだったということ。だか
ら曲を覚えることに関しては、すでにかなりの数の曲を知ってた。ものス
ゴく練習してたし、ザ・レヴのこともとても尊敬してたからインスパイアさ
れてた。それゆえに彼らに合わせるというより、毎晩ライヴが始まる前に
“今夜もうまく演れるとイイな”と思ってた。確かにボクのキャリアにおいて
は大きなステップだった。CONFIDEを辞めてから普通のデスクワーク
の仕事を始めた。とあるシンバルメーカーのアーティストリレーションズ・
マネージャーを2年間やってた。そしてその後、そのままA7Xに加入した。
A7Xの一員としての最初のライヴはペンシルバニア州のレディングで、
7,000人を前にしてのものだった。“なんてこった! これはスゴすぎる!”っ
てね。だけどものスゴく楽しくてエキサイティングだった。バンドのメンバー
はボクのことをとても歓迎してくれた。“オレたちはオマエに誰それの真似
をしてほしいなんて思っちゃいない。自分自身の遺産を作り上げ、やりた
いことをやって楽しむんだ”って言ってくれたんだ。だからボクらしいこと
がやれてるよ」

――じゃもう、だいぶA7Xの一員になれたという自覚と自負もあるでしょう。
「ああ、とてもね」

――ほかのメンバーに、エラっそうなことも言うようになってたりして(笑)。
「そういうこともときにはある(笑)!  彼らはボクからのインプットを認めて
くれてる。彼らはすばらしい。これは間違いなくファミリーユニットで、そ
の一端を担えるなんて実にらしいことだよ」

――最後に、新作『HAIL TO THE KING』について一言。
「とても気に入ってるよ。レコーディングしてて楽しかったし。初めてA7Xと
一緒に作品を作るということで、ボクはとてもナーバスになってた。さっき
キミが言ったように、バンドはすでに確立されてたからファンをガッカリさ
せるようなことはしたくなかった。だけどとても気に入ってるよ。ボクたちが
やりたかったことを、見事に正しくやってのけたと思う。メンバー全員が作
品の一端を担ってるんで最高さ!」

近日中に、M.シャドウズ(vo)の対面取材記事もお届けします。お楽しみに!

text by Hiro Arishima
translation by Kazumi Someya & Mariko Kawahara


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