ソロパフォーマーとして
初めて来日したコリィ・テイラーが語った!

承知のとおり、SLIPKNOTの、でもなく、STONE SOURの、でもなくコリィ・テイラーがソロパフォーマーとして、先日開催のOzzfest Japan 2015に出演した。一昨年のオズフェス、昨年のKnotfest、そして今年のオズフェスとコリィは3年連続で来日した。本番前に15分という短い時間だったけど、いろいろ聞いてみた。



――3年連続で来日するのって初めてじゃない?
「わかってるよ、なんかヘンな感覚すらあるよ。それっていいことなの?それとも悪いこと? よくわからないな」

――いいことに決まってるじゃない(笑)。昨年はKnotfest Japan開催で自分たちがある意味主導・先導したわけだ、今回はオズフェスで、かつソロパフォーマンスによる出演だよね。やっぱり気持ち的に違う?
「とってもクールさ。今回のようなソロパフォーマンスは過去山ほどやってきたけど、それでOzzfest(オズフェス)に出てくれと言われたことはこれまでになかった。もちろん、これは名誉なこと。光栄だよ。それにオレはオズフェス全般にスゴい借りがある。オレたちが本格的にSLIPKNOTとしてスタートしたのは、99年のアメリカでのオズフェスからだったから。いろんな意味で、あのツアーがなかったらオレたちはあれだけの数の人の耳に届かなかっただろう。だからオレは常にオズフェスだけじゃなく、シャロンとオジーにも感謝してるんだ。オレたちを、そしてオレを信じてくれたんだから。だから今回誘われたとき考えるまでもなかった。“わかった、いついけばいい? なにをすればいい?”って感じだった。だからここにこられてとても嬉しいよ。ぶっちゃけ、今死ぬほど緊張してる!ものスゴく緊張してるんだ。“どうしよう~”って感じさ。オレ、緊張することなんてほとんどないんでスゴく不思議だよ(笑)」

――とても緊張してるようには見えないけど(笑)。前に言ってたよね、SLIPKNOTが動くときものスゴいパワーとエネルギーと高いテンションがあり、みなけっこうピリピリしてるって。それに比べると、今回はコリィ1人ゆえめっちゃ気楽じゃない(笑)?
「そういうことじゃないんだよ。オレがソロパフォーマンスを始めてからもう…10年近くになる。緊張と言っても、ハッピーな緊張さ。ここ日本で初めてアコースティックライヴをやることに対してとてもエキサイトしてるんで、オレが楽しむのと同じくらいみんなにも楽しんでもらいたいんだ。オレにとってこれは、オレが音楽でやりたい大好きなこと、ファンのためにやりたいことの別の面を見せるいい機会なんだ。ぶっちゃけ、オレが音楽全般を大好きなのは、曲からすべてを削ぎ落としても同じエモーション、同じ心が存在するからさ。日本でやるのは今回が初めてだから、オレにとっちゃ、ほとんどパフォーマーとしてのオレ自身を表わす3度目(1度目がSLIPKNOT、2度目がSTONE SOUR)のようなもの。とにかく、みんなにはオレと同じくらいできるだけ楽しんでもらいたいんだ」

――SLIPKNOTじゃ100%アコースティックセットってできないじゃない。STONE SOURは音楽的にはできるでしょう。だけど今日みたいなソロパフォーマンスって、ホントにプライベートな、できればデカい会場じゃなく、カフェとかバーとかでやるような雰囲気なのかな?
「それも過去何回かやったよ。だけど大きな会場でもやったことがあるし、それでスゴくうまくいったよ。今回みたいなライヴはイギリスじゃDownload FestivalとSonisphere Festivalでやったことがあるんだ。観客はそんなに大勢集まらないんじゃないかと思ってたけど、実際にはものスゴい人だった!Download Festivalじゃ2ndか3rdステージだったからテント内で、だったけど、テントには人が多すぎてほかの人たちが入ってこられなかったんだ。5~6000人はいたんじゃないかな。オレはそのときも“どうしよう…”って思ったね(笑)。オレのやることがあんなに大勢の人にウケてるなんて、スゴく嬉しいよ。会場のサイズにこだわらずね。もちろん3~400人しか入らない小さなクラブでやるのもすばらしいよ。あのエモーションやエナジーを出せるんだから。だけど、それと同じライヴを大きなアリーナ会場でやることだってできる。それでも同じエナジーやエモーションが出せる。オレにとって音楽とはそういうものなんだ。特定の場所に合わせて音楽を作る人もいるけど、音楽は抑え込まれたくなどないんだ。そこいら中にいたいんだ。だからうまくやれば、どこでだってやれるさ。一握りの人たちにも伝わるし、巨大な人の群れにも伝わるんだ」

――昔から思ってたんだけど、ホントにいろんな側面っていうか、一面を持ってて、SLIPKNOTとしての顔があり、STONE SOURじゃまた違う顔を見せ、今回のようなソロパフォーマンスもある。さらに俳優業もあり、物書きもあり、コミックブックの監修もあり、と、どんどんどんどん自分で自身の新しいドアを開けてる。で、「コリィ・テイラーっていったい何者なんだ?」っていうことがどんどん出てきてるよね。さ、次はなんなんだろ?
「思いっきりイイ質問だな(笑)。だけどさっぱりわからないよ。自身のラジオ番組のオファーがきてるんだ。“まさになんてこった”だよな(笑)。ぶっちゃけ、オレのキャリアはもう自分から探しにいかないでもいいところまできたよ。どんどんくるんだもの、いろんな話が。だけど、それが鍵なんだと思う。あんまりしつこく追いかける代わりに、くるもの拒まずにしてれば、さらにスペシャルなものに、さらに充足感のあるものになると思う。ものスゴい期待を寄せるわけじゃなく、興味があるから受けるんだ。“映画に出たい!本を書きたい!これをやりたい!あれをやりたい!”と思ってて、その機会がやってくると、“どれだけうまくやれるか見て見ようじゃないか”ということになる。うまくやれないことだってある。うまくやれることもある。だけど少なくとも“やってみなくちゃ”って言えるんだ。否定的になれとは言いたくないけど、あるタイプの成功に対してあんまり期待し過ぎるとガッカリすることになる。十中八九は、自分が思った通りにはならないんだから、流れに任せるしかない。オレの場合、特にこの10年は起こってることに身を任せた結果、ものスゴくすばらしいことをいろいろとやることができた。オレはとてもラッキーだよ。だから次にどうなるかはこれからさ。ラジオ番組には興味をそそられてるよ。ベラベラ喋ってみて、どうなるか見ものだ(笑)。あとは、特にアイディアはないね。映画をもっとやることになるかもしれない。オファーもきてるんで、来年やるかもしれない。あともちろん、みんなが読んでくれる限り本ももっと書くよ。ようは、なにに出っくわすかなんだ。まあ、大抵はロクでもないことしかしてないんだから、“わかった、やるよ”ってことになるだろうな。っていうか、オレはみんなに頼み込んでファッションモデルになろうなんてしちゃいないってこと(笑)!  それはあり得ないね。オレはそれでもかまわない。だってファッション人間じゃないもん。だけどほかのことに対してはまったくもってオープンさ」

――いろんなことができて、たまに自分のことを「オレってなんでもできる才人だね!」って思ったことあるでしょ(笑)?
「もちろん! だけどね、エゴと自信には大きな違いがあると言いたい! オレは音楽を作り、音楽をプレイし、人を楽しませることに対してとっても自信がある。だけどエゴは出さないよ。そりゃみんなには楽しんでもらいたいさ。オレのアプローチは常に同じ。オレがハッピーでありさえすれば、ほかのことはオマケなんだ。オレが曲を書き作品を作ったり、本を書いたり、これをやったり、あれをやったりしてハッピーになれば、あとはもうオレの手を離れる。オレがハッピーなものを出し、それを人が楽しんでくれなかったとしても、それはそれでかまわない。オレは自分が出したいと思ったものをちゃんと出したんだからね。だからオレはゲスト参加することに対してはとてもうるさいんだ。APOCALYPTICAと一緒にやったり、TECH N9NEと一緒にやったりするのも、オレがハッピーで、そこからなにかを得られるのであれば、ほかになにが起こったってかまいやしない。というわけで、確かに自分がやってることは得意だけど、楽しめなければ他人じゃなく、オレのやっていることが間違ってることになる。そこが違うと思うんだ」

――SiMのライヴにコリィがゲスト参加するわけだけど、それはどういういきさつで実現することになったの?
「いい話をもらったと思ってるよ。今回のオズフェスの関係者が“彼らと一緒に1曲共演してみません?”と言って来たんで、彼らをチェックしたところ、スゴくよかったんだ。“Fallen Idols”のPVを観たんだけどとっても楽しめた。あのコンセプトがとっても気に入ったし、曲もスゴくよかったんで、もちろん承知したさ。彼らから曲のリストが送られてきたんだけど、いい感じのが1曲あったんだ。さっき楽屋でやってみたんだけど、オレが歌っていてふと顔を上げると、みんなオレのことを見つめてた!スゴくおかしかったよ。“オレ、なんかいけないことしてる?”って感じだった(笑)。だけど楽しかったんで、本番がスゴく楽しみだよ。きっと楽しいだろう。キミには言っておいていいだろう。RADIOHEADの“Creep”をやるんで、きっとスゴくイカしたものになるだろうな。さっき通しでやってみたけど、スゴく自然に感じられたよ。そして、彼らはスゴくイイ連中なんで、今とても興奮してるよ」


text by Hiro Arishima
translation by Mariko Kawahara


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