ジェラが今現在の心境を包み隠さず語った!!

MY CHEMICAL ROMANCEの歴史を締めくくり、キャリア初の
ソロ作『HESITANT ALIEN』を引っさげてジェラルド・ウェイがこ
の1月に来日した。開演前に、会場の楽屋でMY CHEMICAL
ROMANCEのこと、父親としてのこと、愛娘のこと、そして自身
の変化についてのことなどを訊いた。

――今回は大阪から日本入りしたんだってね。大阪が好きだって前に言っ
てたけど、ライヴ以外でも楽しめた?
時差に慣れようと思い、予定より早く着いたんだ。土曜(1/24)に着いた。で、
1日オフがあったんで、大阪を少し歩き回ってみた。大好きな街だから。
ただ、翌日はライヴ(大阪公演)だったから連日ライヴをやってるっていう感
じなんだ。とは言え、大阪を楽しんだよ。ヒッピーっぽいっていうのかな。ど
こかリラックスしてて、アートっぽいところが好き。東京ももちろん好きさ。
東京はいつもこんな感じ(と騒がしい音を立てる)で、何百万人もの人たちが
せわしなく動いてる。ボクが大阪を好きなのは、きっと歳をとってきたからな
んだろうな。大阪のスピードの方が自分に合ってきてる気がする。若かった
頃は東京がボクのスピードだったけど、今は大阪の方がボクのスピードに
近いな。

――あえて歳とったって言う(笑)?
見りゃ分かるでしょ(笑)。

――最近の話だけど、子ども向けのTV番組に出てたよね、アメリカで。
『パンケーキ・マウンテン』のことだね。うん、やったよ。Twitterで『ウィークエン
ド・パンケーキ・レポート』なんてヘンな企画を始めたんだ。ある日娘にパンケー
キを焼きながら、これでなにかやりたいなって思いついてさ。そうしたら番組の
スタッフから連絡があり「その企画を、うちの子ども番組でやりません?」って
言ってくれたから、喜んで出演したんだよ。

――ずいぶん前の話なんだけど、イギリス出張にいったとき、朝起きたら子ど
も向けのTV番組やっててね。LOSTPROPHETSのメンバー全員が出てたも
んだから一気に目が覚めた、なんてことがあったよ(笑)。
ホントに? それスゴいね。

――日本の子ども向けのTV番組には絶対ロックバンドは出ないから余計驚
いた。「やっぱ本場は違うなぁ」って(笑)。
日本は…そうなんだね。ボクが『パンケーキ・マウンテン』の話に乗ったのは、
MY CHEMICAL ROMANCE(マイケミ)で出た『ヨーガバガバ!』(USのゆるキャ
ラが登場する子ども向けTV番組)の効果が大きかったからなんだ。マイケミ
はロックとメタルとパンクロックをやるバンドなのにね。そういうバンドが子ども
番組に出るのは面白いと思ってさ。それにボクの娘もあの番組が大好きなん
だ。子どもを持つといろいろと変わるもんさ。「(娘に向かって)キミはなにに興
味があるんだい? よし、その番組にパパが出よう」…みたいな感じで。そうやっ
て楽しくなるんだ。

――娘さんは今いくつ?
バンディットっていうんだけど、5月に6歳になる。今年幼稚園に入ったばかりさ。

――ってことは、もちろんスゴく可愛いんだけど、だんだん口が達者になって
きて生意気にもなりだす頃だ(笑)。
「そう! まさにそのとおり(笑)! 今じゃ自分の意見をちゃんと持ったいっちょまえ
の人格だよ。ものスゴくアクティヴで、彫刻が大好き。細かいことにこだわるタイ
プで、自分が作る彫刻でもクレイジーなくらい細かいところにこだわる。で、小さ
な目玉焼きの彫刻を作ったりする(笑)。それから遊ぶことも大好きでさ。いつも
一緒に映画を観にいくんだ。ポップコーンとスラーピー(シャーベット状になった
ソフトドリンク)が大好きで、ご機嫌なんだ。とてもアクティヴだから、夜にはリン
ジー(=Lyn-Z/MINDLESS SELF INDULGENCEのベーシスト)もボクもクタク
タさ(笑)。

――リンジーもミュージシャンだし、ジェラルドもミュージシャン。それぞれ音楽
的にも自身がやるべきことってあると思うけど、やっぱ代わる代わる面倒を見て
るの? 2人とも手一杯っていうときはベビーシッターに頼む、みたいな。
そう、必ず親がひとりは家にいるようにしてるんだ。片方がツアーに出たら、役
割を交替する。彼女が出てるときはボクが家にいる。両方がツアーに出ててほ
かの人にうちの子を見てもらうという状況には決してしたくないから。娘ももうだ
いぶ大きくなってきたから連れ出せるようになってクールさ。いつも全員一緒に
いられるからね。

――確か親と子どもの関係に関する法律って、日本より俄然アメリカの方が厳
しいって聞いたことがあるんだ。ものスゴくたくさんの制約がある。そうするとやっ
ぱ音楽活動に制限とか出てくるでしょ? 常々子どものことを最優先し、音楽活
動をやるっていう感じ?
ひとつ学んだのは…生活時間の構造だね。今ボクの人生で一番大切なのは家
族で、家族には自分の生活にできるだけ大きく関わってほしい。同時に自分の
アートも作りたい。ということで、自分なりの労働倫理観を作り出すんだよね。
朝起きるとリンジーが娘の身支度をさせ、ボクが娘を幼稚園に連れていく。それ
からリンジーが娘を迎えにいく時間までボクは働く。そういうふうにシステム化し
たんだ。今は音楽を作ると言っても、午前4時まで起きてやるわけじゃない。今
は朝9時半にスタジオにいく。そういうふうにやってるんだ。そうすることにより、
仕事と家庭両方とのつながりを強く保ってる。夜には家に帰れるし、しかも昼間
にすでに曲ができてる。大好きな曲が完成してる状態で、家族と過ごすことが
できる。そういうことができない人は多いよ。多くのミュージシャンは「イヤ、夜
中までやろう、ヴァイブがしっくりくるまで」なんて言ってる。だけどボクはそう
じゃない。ボクはなにをやってたって仕事ができる。電車のなかでもね。

――子どもが生まれたとき、当然自分は父親になったんだっていう自覚が芽生
えたと思うんだけど、子どもの成長に従い、その自覚ってどんどん大きくなって
いくと同時に、少しずつその価値って変わっていくでしょ?
そう、変わるね。生まれたときはショックみたいなものだった。生まれることはわ
かってたけど、決して計画的なものじゃなかった。「そっか、子どもできたんだ」
「うわっ、子どもが生まれた!」みたいな感じ (苦笑)。こっちは無条件に娘を愛し
てるけど、向こうはそうじゃない。両親がどんなものだからまだわからないもの
だから。大きくなるにつれひとつの人格になり、パーソナリティも発達してくる。
幼くてもちゃんと人格がある。子どもとのつながりもどんどん強くなっていく。今
じゃパートナーみたいなものだよ。ボクとリンジーと娘で、友だち同士みたいな
感じなんだ。ボクたちが両親であることには変わりないけど、チームみたいな気
がする。娘が生まれてから今までのボクとのつながりはものスゴく強くなったよ。
きっと16歳くらいになって、ボクたちのことが大嫌いになるまでは絆が強くなり
続けるんだろうな(笑)。

――6年近く前に子供が生まれて…っていうと、丁度マイケミがジェラにとって
やらざるを得ない状況、存在になってた頃だよね。『THE BLACK PARADE』
(2006年)で大成功し、事実状のフェアウェル作『DANGER DAYS:THE TRUE
LIVES OF THE FABULOUS』(2010年)を出すか出さないのとき。子どもが生
まれてハッピーながら責任もデカくなり、とは言えマイケミの状態は決してよく
なかった。よく押し潰されなかったね。
そこをうまくやれなかったのは知ってるだろ(笑)?

――イヤ、まあ…(苦笑)。
あのとき、マイケミはもはやバンドの体をなしてなかったから。あまりうまくやれ
なかったよ。娘が生まれる前にあのバンドは大きなマシーンのようになってしま
い、いろんな人たちの生活と密接につながってた。その責任をひとりで背負う
べきじゃなかったけど、感じてしまった。とても重荷だった。メンバーや彼らの
住宅ローンのことだけじゃない、クルーとかいろんなスタッフがいるじゃないか。
マネージャーもいるし。とにかく巨大化してしまったけど、そんなものはボクが
願ってた状況じゃなかった。ただアートを作りたいだけなのに…という状況にい
たんだよね。それから家族の面倒を見る責任もあるって気づいたけど、帝国を
作る必要はなかったし、ほしいと思ったこともなかった。だから自分でマネージ
メントするのがとても大変なことだった。今のボクが当時よりずっとハッピーな
理由のひとつは、今は自分でまかなえるレベルだから。今はすべてが自分で
やっていけるレベルに収まってる。今回のソロプロジェクトがものスゴく大きく
なったとしてもうまく機能していけるツールがあるんだよ。

――あえてスゴくストレートで重い言葉を使うけど、マイケミ後半期が束縛、呪縛
だったのなら、今はそこから完全に精神的に解放されてるってことになるよね?
解放された気がすると同時に、マイケミに誇りが増したよ。あのバンドをちゃん
と見るには、離れる必要があった。「ボクたちはとてもスペシャルなものを作っ
た」って言えるようになるにはね。13年間のすべてがあまりに見えてなかった
から。あまりに速く進みすぎて、金もプレッシャーもかかりすぎてた。すべてが
トゥーマッチだった。今はあのバンドを振り返り「誇りに思う、ボクの一部だ」っ
て言えるね。ソロになったおかげで解放されたけど、あのバンドでやってきた
ことは一生忘れないよ。あのバンドでの経験は、前に進むだけのためにある。
決して後退させることには使わないよ。

――スゴい説得力があるね。しかも今はハッピーなわけだから。
ホントに幸せなんだ。だけど、それは何年かかけて自分と向き合ったことが大き
いよ。セラピーにいき、ツールを考え、ストレスとつき合い…一番大きかったのは、
家族とのつながりを取り戻し、それを強くできたことだと思う。それが一番大切な
ことだったよ。マイケミをやってた頃は不可能に近かったから。マイケミの頃は…
こういう言い方はどうかな、休みなんてとったことがなかった。いつもやることに
追われ、朝11時から夜中の1時まで電話がかかってきてた。いつもなにかが起
きてて、なにかを手直ししないといけなかった。それで家族とのつながりが切れ
てしまったような感触が強かったけど、今はつながってる気がする。ボクの人生
のなかでも一番重要な変化だったと思う。アーティストとしてツアーし、夫と父親
も同時にやる、そういう方法を今は見出せてる気がするんだ。

――前からそうだけど、ジェラって取材とかなんかで人前に出るときって必ず笑
顔だよね?精神的に追い詰められてるときでもそういうことを一切顔に出さないし、
感じさせない。いつも笑顔だし、とても楽しそうに話し、取材も盛り上がる。正直
スゴいよ、そういうの。
まぁ、つまるところは自分の仕事を愛してるってことだね。どんなにイヤなことが
あってもそれがあれば…特にパフォーマンスすることができればね。その日が
どんなにショボくても、ステージのうえで過ごせる1時間半っていうのは贈りも
の。そのためにやってる。ボクにとって、あの時間はもっと大きな力からの贈り
ものなんだ。「キミにはこれができるんだ。だからちゃんとやりなさい」って言わ
れてるような感じ。それがツラいことを消し去ってしまう。それからおべっかを使
うわけじゃないけど、本当に好きな人たちと過ごしてるときは笑顔になれるもの
さ。ボクのことを解ってくれる人で、ボクも向こうのことが解ってるときは特にね。
そういうときは笑顔もずっと増える。だけど、あまり解り合えない人と一緒にい
るときはグダグダさ(笑)。

――ぜひ、その笑顔のキープの秘訣を(笑)。
(笑)。そうだな…自分らしくいるのが好きなんじゃないかな。リアルでいるのが
好きなんだ。ボクが好きじゃないのは…ボクはロックスターのあるべき姿みた
いなのにハマったことがない。たぶんそれは自分らしくいるからじゃないかな。
だから仏頂面で取材部屋に入ってくる代わりに笑顔になれるんだと思う。ボク
は自分が全然クールじゃないのは解ってるし、それを受け入れてる。だから笑
顔になれるんだと思うし、ただ自分に正直でいるだけだと思うよ。


text by Hiro Arishima
translation by Yukiko Amita & Sachiko Yasue
photography by Kazumichi Kokei


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