猪狩秀平がHEY-SMITH活動休止期間、そして今現在、さらに少し先を語った!

お披露目TOURの東京公演終了から2日後、HEY-SMITHのリーダー、猪狩秀平(vo,g)と対峙し、これまで、今現在、そしてこの先を語ってもらった。自分としては、猪狩に話を聞くのはこのときが初めてだった。

――新編成でのお披露目TOURの東京公演、スゴく盛り上がってたね。
「手ごたえをスゴく感じた部分はあります。ツアーに出る前、スタジオ練習に入ってる段階から、これはスゴくイイことになるやろなという予測はあったんですよ。絶対にツアーをやればさらにいいバンドになるっていう自信があって、その領域にこれたのはいいけど、まだ思ってたところぐらいにしかこれてないっていう想いは正直あります。もっと自分の想像を超えるような、理解不能なバンドになりたい。だから早くもっとツアーをして、そういう化学反応を見たいなという気持ちが今は一番デカいです」

――新任ヴォーカル/ベースとしてYUJIが加入したじゃない。HEY-SMITHにとって、ヴォーカル&ベースはかなり重要なポジションにあると思うから、前任者が辞めてかなりの痛手だったと思う。今回のツアーでYUJIと猪狩くんとのコンビネーションはどう?
「普通に考えたら無理な期間で(=短期間で)頑張ってきたことを今やってくれてるという感じはしてます。アイツはスゴく努力するし、それはカッコいいなとは思うけど。特に今は無理なことをやるしかない時期だから。結局、結果しか見てもらえないし、観る人にとっては途中がどうやったとか関係ないから、だから可哀相なヤツやなあと思いますけどね(笑)」

――YUJIが加入しての今回のツアーで、メンバーとの距離感とかも含め、ライヴの回数を重ねるごとに彼はHEY-SMITH慣れしてきてる?
「少しずつはあると思います。そもそもアイツのことはもう6~7年前から知ってて、後輩って感じだったんですね。だけど一緒にバンドをやりだしたら感覚は全然違う。ほかのメンバーにはストレートに伝わるようなことが、アイツには伝わらなくていちから説明しなきゃいけなかったり。だけど前よりはいい意味で慣れてきたと思うし、言ってる言葉が伝わってる気がするけど、気持ちの面じゃまだまだなんじゃないですかね。オレたちは音楽以外の、まともな生活とか幸せな家庭とか音楽以外の趣味とか、そういうものは捨ててすべてを音楽に注ぎ込んでるから、そういう気合いみたいなものはもう少し必要かもしれないですね」

――今夏の京都大作戦から新編成でのライヴ活動を始めたわけだけど、前は管楽器隊が2人だったのが今は3人だね。トロンボーンのかなすはほかのバンドでも見かけるけど、セッションメンバーという立ち位置なの?
「管楽器2人はまだサポートメンバーです。KANASUはもともとはオレたちの友達のバンドでやってたんです。そのバンドを辞めてからはビッグバンドとか誰かのサポートで吹いてたんですけど、彼女ちゃんと自分のバンドをやりたかったんです。ただオレは彼女の腕前は確信してるけど、だけど女とバンドをやりたくなかった。スゴく信頼してるし、プレイ的にも好きだけど、女とバンドをやるのだけが嫌やねん、と(笑)。そんな感じだったんですけど、ずっと仲がいいし信頼もあるし、一緒にいるうちに男といるよりも楽やなと思ってきて。それで今一緒にやってるんですけど、もともとはサポートなんかでいろんなところにいる人です」

――ある種バンドにはメンバーチェンジがつきものだけど、バンドが上り調子のときにメンバーが2人抜けて活動休止をせざるを得なかったのは、相当な打撃だったでしょう。先日の東京公演のときもMCで、前任メンバー2人の脱退を受け「(ファンたちに)いずれ会おう、だけどなにも決まってないけどって思ってた」って言ってたけど、なにも決まってない期間が続いてたとき、いったい気持ちをどこに向けてたの?
「あのときは音楽をやらないっていう選択肢こそなかったけど、HEY-SMITHをメンバーチェンジして続けるのか、まったく別のバンドをやるのか、バンドじゃなくひとりでやるのか、ずっと迷ってたしずっと答えも出てなかったですね。新しいバンドをやるにしても、メンバーを入れるにしても、コイツとやりたいって直感的に思い浮かぶヤツがいなかった。それが一番絶望的でしたね、あのときは。自分がどうのこうのというより、一緒にやりたいヤツがいないというのが。そのとき正直ヤバいと思いました」

――バンドが上り調子で知名度もさらに上がってたときの活動休止だったわけから、その間に知り合いのライヴなんかにいけば、いつ活動再開するんですか?ってたくさん聞かれたでしょ。
「めっちゃ言われましたね。ライヴハウスにいったら女の子が寄ってきて、“HEY-SMITHどうなるんですか!?”って泣かれたのが一番キツかった。こんな想いをさせてるんやと。キツかったですけど、あの女の子のことがHEY-SMITHを続けるきっかけにはなってますね」

――メンバーの脱退理由が音楽的に合わないとかじゃなく、そのうちのひとりMukkyは耳に疾患があるということでなかなか判断も難しかったと思う。猪狩くんはバンマスとして、あの2人が辞めるだろうということをどのぐらい前から感じてた?
「ずっと思ってたんじゃないですかね、たぶん。アイツらの音楽的な部分は好きやし、耳に疾患を負ったのもだいぶ前のことなんです。だからその頃あたりからですね、なんか人間的に弱くなってきて…弱くなる気持ちはわかるんですけどね。頑張ろうとしても弱い部分が勝っちゃったりして、そういうところを一緒に直そうと一緒に住んだこともあったんです。一緒にいる時間を長くするという意味で。だけどなかなか改善が見られなくて、もう限界という感じやった。だから耳に疾患を負ったタイミングですかね、やっぱり」

――バンドを取り巻く環境がいい状況になりかけてたときにMukkyにそういうことが起こって、かなり葛藤もあったんじゃない?
「オレは耳のことは仕方ないよなんて言ったことはないです。だって耳に疾患を負ったって歌えるし、片耳が聴こえない人とか難聴の人とかってこの業界にたくさんいるから。つまり頑張るしかないんです。だから仕方ないとか、そういう言葉のかけ方をしたことはなかったですね。この5人でやってるという意味がオレには一番大きかったんで。ずっと前から管楽器は3本の方がいい音が出ることはわかってたけど、この5人で音楽をやるって決めてたから」

――メンバーが2人脱退した後、HEY-SMITHをほかのメンバーを入れてやるのか、別のバンドを組むのか、まったくひとりでやるのか、という選択肢が3つあったって言ってたけど、たとえばそのときHEY-SMITHを諦めほかのバンドをやるとかひとりでやるとかを選択してたとしたら、今どうなってたと思う?
「今のような状況にくるのに時間はかかると思うけど、どっちにしろある程度成功すると思う。なにをやったとしてもたぶん。そんな気がします」

――なにをしても成功すると言い切れるのは、自分がやってきたことに対する自信から?
「自分が書いてカッコいいと思う曲はみんなが聴いてもたぶんカッコいいと思うし、なんの理由もないんですけど、自分が成功しないイメージが沸かない(笑)。スーパースターになるイメージなんて特にないですけど、音楽でみんなをうなずかせられないイメージが沸かないんです」

――最終的にHEY-SMITHでいこうとなったのは、YUJIと一緒にやると決めてから?
「まず、オレとしてはHEY-SMITHを続けるという選択肢が一番なかったんです。というのはやっぱりあの5人でやってきたから、メンバーを変えてやったらアカンと思ってた。オレのなかじゃNG項目やったんです。で、それをSiMとかcoldrainとかSHANKとかKen(Yokoyama)さんに話したら、メンバーチェンジして絶対に続けた方がいいとスゴく強く言ってもらって。そこからメンバーチェンジして続けるのありなんやと、ちょっとずつ考えが変わっていった。満(sax)とTask-n(ds)とで新しいバンドをやりたいなという気持ちもかなりあったんですよ。あの5人じゃなくなっちゃったけど、今までやってきたヤツらとやりたいという気持ちもかなりデカくて、じゃあやっぱHEY-SMITHかと」

――3択で迷ってるとき、なにかを想定してメロディを作ったり曲を書いたということはあった?
「それは難しかった。自分がソロでやる場合は自分が歌うイメージでメロディを作ってたんですけど、新しいバンドとかHEY-SMITHをやる場合は、基本的にオレは誰かの横でギターを弾きたいんです、コーラスをしたいんです。メインポジションをしっかりとりたいわけじゃない。だから誰が歌うねんと。メロディがあってもヴォーカルの声に合うメロディかどうか、そのへんが全然わからないから。それに苦労しました。次に歌うヤツがわからないから。だからリフはいっぱい書きましたよ。今作ってる新曲は今現在のメンバーが集まってからのものですね」

――バンドにとってメンバーチェンジとはとても大きなこと。それがきっかけでその後のあり方が変わったりもする。それでも成功すると自分で信じてる、その強さはどこからくるのかな?
「やっぱりこれしかできないからじゃないですか。オレは器用貧乏なタイプじゃない。逆に器用な人って可哀相やなって思う。ほかのこともできちゃうと思うから、自分にはあっちの仕事の方がええんちゃうかと思う人もいると思う。オレもバイトはちょっとしたことあるけど、なにせまともに働けないんです。オレは音楽をやってないと社会でちゃんとしていくのが難しいんですよ、たぶん(笑)。だから音楽をやっておかないとヤバいぞという気持ちが、そういう自信をアップさせるんだと思います」

――今夏の京都大作戦のステージが新編成での初ライヴだったよね。あのときのMCには、涙しても決して不思議じゃないくらいの熱い想いが込められてた。あの場にいたお客さんたちの反応もハンパなかった。熱かったし。嬉しかったでしょ?
「嬉しかったですね。ステージに出たときワーとかキャーじゃなく、また別の感情というか、どよめいてた。3年ぐらい前ですけど、10年ぶりにHi-STANDARDを観にいったとき、オレもワーとかキャーじゃなかった。それを超越した胸の高鳴りがあって、そのときの音に似てましたね(笑)」

――あのステージに上がるとき緊張した?
「京都大作戦のときはしましたね。あのときは大きなステージに立つとか、みんなの期待に応えるとかそういう緊張じゃなく、久しぶりにライヴをやるっていう緊張がスゴかった。たぶんあれが100人でも50人でもあんまり変わらなかったと思う。だいたい2万人とか言われても、人数が多すぎてようわからないですよね。で、HEY-SMITHを続けてよかったなと思いました。なによりも自分が気持ちよかったし、友達(=ほかの出演バンドたち)もスゲえ喜んでくれて。その友達のライヴを観てスゴいカッコよかったし。コイツらをぎゃふんと言わせたいなという気持ちがまた出てきたから」

――その想いを持ったまま今回のツアーに突入したの? それとも切り替えて?
「全然。そのままっす」

――このツアー中に面白いエピソードとかあった?
「渋谷でやる前、大阪がオフでその後に渋谷だったんです。大阪を夜中に出て明け方にパーキングに寄ったときにオレ、トイレにいったんですね。で、戻ってきたら車がなかった。置いていかれてた(笑)。運転手と助手席の人間は後ろを見てみんないると思ったらしくて。みんな寝てたから、オレが降りてると思わなかったらしくていっちゃってた。しかもオレ、携帯も財布も車んなかで。まあまあ寒いし、半袖だしで。10分ぐらい“これなんなん?シャレ?ドッキリ?”みたいな。ガソリンを入れてるのかなと思ってガソリンスタンドいってみても車はない。もうどうしようって。あらゆる手を使った後にようやく車とつながり、2時間後ぐらいに帰ってきてもらった。その間ずっと三角座りでしたよ(笑)。2時間ずっと三角座りしてました」

――結成が2006年だから来年で10年になるね。
「スゴいですねえ、10年って」

――パンクロックの熱さと、メタルの重さ、尖りと管楽器隊による音の厚みが三つ巴。やってるその音楽スタイルは典型的なメタルというよりパンクロックに近い。だけどスピリットやマインド、アティテュードはメタルというのがライヴで初めてHEY-SMITHを観た第一印象だったのね。その印象が、CD音源を聴いてもずっと変わらないんだけど。
「そう言われてみるとそうなんかなあ。実際はなにも考えてないんですけどね。だけどメタルバンドってホンマにスゴいと思ってるんですよ。リフって絶対にメタルがカッコいいでしょ。メタルにこういうのを入れてと想像してるというより、聴いてきた音楽がそうだったんですね」

――曲調がパンクロックであっても、リフの刻み方がメタルなんだよね。猪狩秀平が通ってきた音楽で、それがナチュラルに出てるってことなのかな。
「そう思いますよ」

――来年そんなに遠くないうちに新音源発売を予定してると聞いてるけど、特にメンタル面などでいろんな経験をしたことで、次作の歌詞やメロディの面でこれまでにないもの、新しいものが加わりそう?
「今作ってて、昔からやってるこれぞお馴染みHEY-SMITHですみたいなものを作ろうとしても、まったく新しいものになっちゃいますね。新しいものしかないと思う。逆にもう少しなぞりたい部分もあるんですけど、なぞれないですね」

――曲と歌詞は完全に猪狩くんが書いているの?
「曲は完全ではないけどほぼ。歌詞は完全にオレです」

――ということは猪狩くんが考えること、感じること、思うことが、イコール、HEY-SMITHの音楽? それをよりよいものとして聴かせるためのものがドラムだったりベースだったり管楽器隊だったりという感じ?
「そうやなあ…まあ、そう言って間違いじゃないですね、たぶん。だけどオレがHEY-SMITHというわけじゃんなく、オレもHEY-SMITHを利用して遊んでるだけなんで。オレもメンバーも。音を出したいからHEY-SMITHというものを使って遊んでる感じです。それが一番、音を出し
やすいっていう話です」
――HAZIKETEMAZAREなるイベントを、HEY-SMITHが主導・先導しながらいろんなバンドに声をかけてやってるよね。最近は京都大作戦をはじめとして、日本のバンドが先頭に立ってやるイベントが増えたけど、HAZIKETEMAZAREをやりたいと思ったそもそもの理由とは?
「最初はサーキットイベントとしてライヴハウスでやってたんですね。そのとき一気にカッコいいバンドに出会えたんです。で、その全員と一度にライヴをやりたいなと思ったんです。それをやるにはどうしたらいいかと考え、オールナイトでやる、朝から晩まで3日通しでとかいろんなことを考えてたとき、アメリカのWARPed Tourとか自分たちが出たフェスからインスピレーションがパッと沸いた。そう言えばステージが何個かあったなと思って、そうやってやればいいやんかと。それでライヴハウスを複数借り、カッコいいヤツ全員を集合させようと、最初はそれでした」

――HAZIKETEMAZAREというイベント名の由来は?
「最初は大阪ロックフェスとかバーニングなんとかみたいな名前を考えてたんですけど、自分たちの色になんか合わへん。HAZIKETEMAZAREも最初はカタカナで書いてて、なんなのこの名前?って感じだったんですけど、ローマ字にしたら死ぬほど読みにくくて意味がわからん、逆にアリやなあと(笑)。オレは基本的にはノーメッセージのタイプ。あんまり強いメッセージを植えつけようという気持ちがないんで、意味のないものがいいなと思って」

――年末にはまだフェス出演などがあるだろうけど、いつ頃から次作の制作に入る予定なんだろう?
「年末から入りたいですね。曲はあります、一応。ただ作品を作るっていうのはただ曲があるのとはわけが違う。50曲あったとしてもひとつの作品にできるかは別。あと、曲と曲の間を彩るものがないとまだ作品は出せないなという感じはしてます。だけど曲自体はいっぱいあるんです」

text by Hiro Arishima
photography by HayachiN


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