IN DREAD RESPONSE
のフロントマンによる、日本よもやま話

2月に『HEAVENSHORE』の日本リリースと、FOUR unite ONEでの来日公演を行ったIN DREAD RESPONSE。そのフロントマンであるベン・リードがかつて日本在住経験があり、日本語も堪能であることは知られている。猫とビールが大好きな、心優しい男だ。僕も彼とは3年ほどの付き合いになるが「そういえば親日家なのはわかっているけど、あんまりそういった話しをしたことがなかったな」と思い、改めてあれこれと聞いてみた。


――日本に着いたとき「ついに僕のホームに帰ってきた!」って言っていたよね。本当にうれしそうにしているのが印象的だったよ。
「3年間も暮らした国だしね。その間には友だちもたくさんできたし、いろいろな絆をつなぐことができたんだ。それ抜きにしても日本は本当に大好きな国だから、こうしてまた日本でライヴをやるチャンスを手にできて、うれしいよ」

――そもそも、初めて日本に来た時期ときっかけは?
「2008年だね。大学で日本語を勉強していて、交換留学生として1ヵ月、九州にホームステイしたんだ。そのときに広島や大阪、京都に東京も旅行したよ。それがとても楽しかったから、いっしょに来た彼女とまた日本に行こうと話していたんだ。その2年後にまた1ヵ月くらい滞在したんだけど、そのときにいっそ日本に住んでみようと思って、移住を決めたんだ。実際に日本に来たのは2011年だね」

――そういえば彼女も日本好きだったね。
「僕は彼女と2003年に出会ったんだけど、そのときから彼女が日本贔屓でさ。日本のアニメや映画をいろいろと教えてくれたんだ。そのおかげで日本の文化に興味を持ち始めて、特に黒沢明の映画が気に入ったし、日本語も勉強するようになったんだ」

――でも日本は基本的に英語が通じないし、移住はすごく大きな決断だったと思う。例えばイギリス人がアメリカに移住したりするのとはかなり意味が違うだろうしさ。
「決断してからがすごく早かったからね。心配なんてしている時間がなかったんだ(笑)。なにせ日本に移住するまでに2週間しかなかったんだもの。飼っている猫も連れて行きたかったし、いろいろな手続きですごくバタバタしていたよ。すごくエキサイティングな気持ちだったけど、思い返せば、なんとなく冒険に行くような感覚もあったなぁ。君が言うように、イギリス人がアメリカに移ったり、ニュージーランド人がオーストラリアに住むのとはまったく違うからね」

――移住してきたばかりのころは、いろいろと大変だったんじゃない?
「日本に来て最初の頃は、ニュージーランド人の友だちが家族で住んでいたから、その家にお世話になっていたんだ。だから生活面はなんとかなったけど、たしかに日本人の友だちができるまでには時間がかかったね。すぐにライヴハウスにひとりで遊びに行くようになったけど、まだ日本語も全然わからないし、いきなり人に話しかけたりはできなかった。日本語を勉強して少しずつ話せるようになって、それでやっとだね。君と初めて会ったのもそのくらいの時期だったはずだよ。僕が日本で友だちを作ることができたのは、音楽のおかげ。実際、僕の日本での友だちはほとんどが音楽をやっている人たちだ。だから、こうして自分の音楽を持ちこんで、みんなに聴いたり見てもらえたりして、最高の気分だよ」

――以前「日本の音楽には独特の空気がある」と言っていたよね。日本に住んでいろんなことを体験することで、その独特の空気をさらに強く実感できた?
「たしかに日本人の気質が音楽に反映されている部分は大いにあると思う。そもそも、日本人のメンタリティは欧米人と全く違うからね。僕は日本とニュージーランドには共通点があると思うんだ。どちらも小さな島国で、独自の発展をしてきた歴史がある。ヨーロッパはいろいろな国が地続きで繋がっているし、ほかの文化を取り入れやすいけど、島国はあまり外部に影響されずに文化を育んできたんだと思う。それに、日本人は相手に対するリスペクトの気持ちがとても強いよね。だからこそ物事をあまりダイレクトに言わないところがある。それが音楽に現れているんじゃないかな」

――IN DREAD RESPONSEの新作『HEAVENSHORE』には、日本での経験が反映されていたりするのかな?
「もしかしたら日本での経験も生きているかもしれない。でも僕ももうバンドを17年もやっているから、自分なりのスタイルというものも確立していると思うんだ。それがいろいろな経験とともに、こうして形になっているんじゃないかな。僕はどちらかというと、リスナーに想像の余地があるようなものが好きだから、自分にとっては確固とした意味があっても、ほかの人はその人なりの解釈ができるような、詞的な表現を意識しているんだ」

――初めて聴いた日本のバンドは?
「ASIAN KUNG-FU GENERATIONだよ。僕は、日本の音楽をアニメのオープニングやエンディング曲で知ったんだ。例えば『DEATH NOTE』の主題歌はマキシマム ザ ホルモンだったしね。アニメを通して、いろんなバンドを知ったよ。ほかにも、envyやMONOはもともと世界的に有名だけど、僕はそういったバンドに出会ったのは2005年頃。当時はスクリーモをよく聴いていたんだけど、友だちがこれはすごくいいバンドだと進めてくれたんだ。それで日本のバンドに興味を持ったんだけど、なかなか音源を入手できなかったから、苦労したよ」

――日本のアニメも好きなんだね。ほかにはどんなものを観たの?
「最初に見たのは『新世紀エヴァンゲリオン』や『NARUTO』、『DEATH NOTE』といった、日本でも有名なものだね。音楽をテーマにした『BECK』も見たよ。ほかにもジブリは大好き。それに日本語を勉強するようになってからは、日本語を耳に慣れさせたり発音を勉強したかったから、TVドラマもいろいろ観た」

――ジブリ映画は「どの作品が好きか」でいろんな意見があるから、話題にするときは気をつけないとね(笑)。
「それは大変だ (笑)。僕は『もののけ姫』が好きなんだけど、大丈夫かな(笑)?」

――『もののけ姫』といえば、人間社会と自然との対立や共生がテーマだよね。
「うん、もののけ姫のメッセージにはとても共感するよ。宮崎駿は作品ごとに強いメッセージを込めているけど、僕自身もヴィーガン(動物性の食品を一切摂取しないライフスタイル)だし、動物や自然が大好きだから、『もののけ姫』には共感する部分があるんだ」

――バンドのなかで、ベンとコリィ(・フリードランダー/ds)はヴィーガンだよね。そのライフスタイルを選んだきっかけは?
「動物を大切にしたいと思ったからだよ。僕も子どもの頃は肉が大好きだったんだけど、19歳のときにヴェジタリアンの人と知り合って、なぜそうしているのかを聞いたんだ。そうしたら“動物を死なせたくないから”と教えてくれた。僕も試しに1ヵ月だけヴェジタリアンの生活をやってみつつ、いろいろと調べてみたんだ。畜産業のこととかをね。僕はもともと動物が大好きだし、猫も飼っていた。それで、猫を殺して食べることができないなら、ほかの動物にも同じように接するべきじゃないかと思って、ヴィーガンになることを決めたんだ。実は、そのヴェジタリアンの友だちと出会ったのは1999年のときだったんだけど、そのときに始めたバンドで、トラジャン(・シュウェンケ/g)といっしょに活動していたんだよね」

――でも日本では、ヴィーガンやヴェジタリアンはそういったイデオロギー的な側面よりも、健康志向が強いよね。なかなか受け入れられなかったり、食べ物を選ぶのも大変だったりしたんじゃない?
「そうだね。最初の頃は大変だった。牛乳や卵が入っているかを日本語で聞くことができるようになってからは大丈夫になったけどね。とはいえ、そもそも僕は肉や魚を食べないという選択肢の少ない生活をしているわけだし、野菜と米と、豆腐なんかの豆類の食べ物があれば大丈夫なんだ。それにフライドポテトなんかの揚げ物は大好きだし、健康のためではなく、単純に動物のためにやっていることだから、そこまで苦ではないよ。東京にはヴェジタリアン向けのおいしいレストランもあるから、大丈夫。実は玉ねぎとか、嫌いな野菜も多いけど(笑)」

――日本に住んでいたことがあって、ヴィーガンで、ミュージシャンで…。ほかにはない人生を歩んでいるよね。例えば音楽をやっていなかったら、自分はどんな人生を過ごしていたと思う?
「実はバンドを始めてから、1年だけ何も音楽をやっていない時期があったんだ。そのときはツラかったね。曲を書いたり、歌で自分を解放して発散することができなかったから。だからただ叫ぶだけの時間を作ったりもしていたよ。僕はたしかに基本的には穏やかな人間だけど、ほかにも世の中に対する怒りも、いろいろな感情を秘めているんだ。普段は曲や歌で自分の感情を解放しているけど、それがなかったときはツラかったから、どうなるかは想像もつかないな」

――IN DREAD RESPONSEのほかにも、いくつかバンドやソロをかけもちしているよね。今後はどんな風に活動していきたいと思う?
「僕がやっているいろいろなプロジェクトやバンド、ソロは、それぞれ違ったものを発散させるチャンネルのようなものなんだ。例えばBRIDGE BURNERというバンドではひたすら怒りを強く表現していて、IN DREAD RESPONSEはよりエモーショナルかつ思慮深いものを目指しているし、ソロでは美しい音楽を作ることに専念している。感情の吐き出し方が違うんだ。何か表現したい感情がある限りは、何かしらの形で音楽をやっていきたいと思っているよ」


text by Yusuke Mochizuki
translation by Sachiko Yasue
photography by Kana Tarumi


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