RAMMSTEINの屈強フロントマン、
ティル・リンデマンが待望のソロデビュー!

ティル・リンデマン(vo)と、HIPOCRYCYやPAINとしての活動
で知られるピーター・テクトグレン(g,etc)が出会い、偶然の
産物のように形になったLINDEMANN。『SKILLS IN PILLS』
発売の前に、ティルが単身プロモーション来日した。



――RAMMSTEINとしての前回の来日公演からジャスト10年です。久し
ぶりに訪れた日本はどう映ってます?
「建物が増えたね。前よりさらに増えた。オレの認識違いかもしれないけど、
レコード会社の担当者が言ってたのは、建物が改築なんかでもっと高くなっ
たりしてるって。だけど昨夜着いたばかりでまだ出かけてないから、今夜
出かけるのが楽しみだよ」

――まさか明日には日本を離れるとか?
「イヤ、明日は一日オフだから東京滞在をエンジョイするよ」

――エンジョイしてください。いきなりですけど、今回はなぜソロプロジェク
トをやろうとしたんです?
「理由はないんだ(笑)。ピーターとは1曲だけやるつもりだった。それがす
べての始まり。アイツに“オレの作品に参加しないか?コーラスラインを歌
うとか、1曲まるまるでもイイし、好きに歌ってほしい”と頼まれたんだ。いつ
も約束はしてたけど、オレがツアーに出たり、アイツがツアーに出たりして
ずっとスレ違い、なかなか形にならなかった。スケジュールが合わずでさ。
2013年にドイツでRAMMSTEINとして最後にフェスティバルに出たとき、
ツアー終了後1週間くらいじっくりその後の計画を練った。これから1、2年
の間になにをしようかって。4年間、毎日、毎週のようにツアーに出ずっぱ
りだったから、オレたちRAMMSTEINには長期の休みが必要だった。で、
オレはピーターに電話し“少なくとも1年は自由な時間ができたから、音楽
ファイルとか送ってくれ”と頼んだ。そしたら1曲、2曲と送ってきて、それに
オレが手を加えるようになった。楽しかったね。その作業のなかで互いの
テイストを網羅し合ったんだ。アイツはメタルの出だし、オレはもっとゴシッ
ク寄り…そういうバックグラウンドを融合し、自分たちだけの音楽を作って
いったんだよ」

――じゃあ明確なプランがあったわけじゃなく、なんとなく始まったっていう
感じに近いんですかね?
「そう(笑)。まったく計画してなかった。夢にも思わなかったよ。1曲作って
ネットに上げ、オープンに感想を聞こうくらいの気持ちだったから壮大な
プランなんてなかった。それに、まずはオレたちの音楽的言語を見出さ
ないといけなかったから。アイツは英語がとても上手い。スウェーデンじゃ
子どもたちはTVを観て英語を覚えるんだ。映画にも吹き替えなんてない。
全部オリジナルの言語で、字幕がつく。だから子どもたちもTVから英語
を学び始める。そんなわけでアイツはホントに英語が上手いから英語で
会話し始めたんだけど、音楽的言語はまったく違うから、アイツはCメロ
がなにかわかってなかった(笑)。だからいろんな認識違いがあったよ。
ヴァース、コーラス、ブリッジとはなにか、アフターコーラスとはなにか…
電話で話してるとき、なんの話をしてるのかわからなくなることもあった
くらいさ(笑)。“ちゃんとしたところにブリッジを置かないと。Cメロじゃな
くてさ”“ところでCメロってなんだ?”“Cメロはコーラスの後に続く部分の
こと”“それってアフターコーラスじゃないの?”…みたいな感じで、お互い
そういう言葉に完全に振り回されてしまったから、曲の部分的なことを
どうやって決めるかを話し合いながら学んでいったんだ」

――自分は大学時代に第2外国語としてドイツ語を履修してましたけど、
今じゃ全然憶えてないです(笑)。なので、今こうして英語で話さなきゃい
けないわけで(苦笑)。
「オレもロシア語がそんな感じさ。オレは旧東ドイツ、社会主義だった方の
生まれだから、学校じゃロシア語を学ばないといけなかった。ベルリンの
壁が崩れた頃のオレはもちろんロシア語は話せたけど、(共産圏以外じゃ)
誰もロシア語なんて話さないから、みんな大急ぎで英語を習いにいったも
のさ。今じゃ世界が開けたからどこでも旅に出られるけど、言葉がわから
ない。イタリアやスペインじゃ英語は通じるけどロシア語は誰も話さない。
だから英語をいちから学ばないといけなかった。世界で活動するなかで
英語に挑戦していったんだ。辞書を片手に世界を旅してさ。だから20年
経った今英語で作品を出すことになり、ちょっと誇らしい気持ちがある。
壁が崩れたときオレはすでに30歳だった。歳をとればとるほど言語を学
ぶのは大変だ。だけどロシア語は忘れてしまった。キミが大学で学んだ
ドイツ語をすっかり忘れてしまったのと同じでさ(笑)。ロシアにいき人が
喋り始めるとフラッシュバックが起き、壁の“絵”は“Картинки”(=カルチ
ンキ。英語で言うpictures:複数形らしい)だったな…なんて思い出す。
ロシア語はけっこう得意だったのにみんな忘れてしまったよ。ずっと使っ
てないとダメだね」

――ドイツ語は5つくらいしか憶えてないです。“danke schön”(ダンケ・
シェーン:ありがとう)、“guten morgen”(グーテン・モルゲン:おはよう
ございます)、“guten tag”(グーテン・ターク:こんにちは)、あと“Zigaretten”
(ツィガレッテン:煙草)、“Suppe”(ズッペ:スープ)以上、って感じで(笑)。
「完璧じゃないか(笑)」

――か、完璧?(笑)
「それだけ知ってれば十分サバイブできるさ(笑)」

――今回ソロプロジェクトをやるにあたり、RAMMSTEINのツインギターチー
ムのひとり、リヒャルト・Z・クルスペにインスパイアされたなんてことはあり
ます? EMIGRATEを前々からやってるじゃないですか、彼は。
「うーん、それはないな。リヒャルトはアイツ自身のことをやってるから。アイツ
はとにかく独立心が旺盛でアウトプットがいっぱいある。ワーカホリックだよ。
家に帰っても曲作りと子育てを同時進行でやってる。1日24時間、週7日油
断がない。ワーキングアニマルだね、まさに(笑)。ソロプロジェクトでガス抜
きができるのはイイことだと思う。発散できる。とても生産的なものだと思う。
だけどアイツはアイツだから。オレはそもそも作品丸々1枚作るつもりはな
かったし。まぁアイツには“おっ、オマエもソロプロジェクトやんだ!”なんて
言われたけど、こういうことになったのはあくまでも偶然だから。ソロプロジェ
クトをやろうって思ったことはなかった。キーボードのフラケ(=ドクトル・クリス
ティアン“フラケ”ローレンツ)…あの小柄な男を憶えてるだろ(笑)?(実際は
198cmある)アイツは本を出版したんだけど売れててね。自伝みたいな
ものさ。子ども時代からを振り返った内容で、今ドイツじゃベストセラーに
なってる。リヒャルトはEMIGRATE、オレは今LINDEMANNをやってるから、
みなサイドプロジェクトをやり心をスッキリさせてるんだよ」

――ピーターはこれまでにPAINなどいろいろなバンドをやってきてますよね。
そのピーターとのそもそもの接点とは? どんなきっかけに仲よくなったんです?
「スウェーデンのストックホルムで出会ったんだ。アイツはRAMMSTEINの
3枚目『MUTTER』(2001年)のミキシングを担当した。オレたちはストックホ
ルムでレコーディングとミキシングをやったから。ストックホルムは大都市
ではあるけど音楽シーンが小さくて、ミュージシャンは多いけどバーとかは
あまりないから、みな顔見知りでね。アイツとはあるときバッタリ会った。
CLAWFINGERのゾッキ・スコッグ(key)に紹介されたんだ。出会ってからも
のの1分で一緒に飲んでたよ(笑)。ケンカもしたしね(笑)。すぐに友だちに
なった。それ以来いつか一緒になにかやろうぜなんて話はしてたんだ」

――RAMMSTEINじゃ基本、ティルは取材に応じないですよね。しかし、今回
のソロプロジェクト名義がLINDEMANNゆえティルが自ら、っていうことなん
ですかね?
「今回はレコード会社の担当者にやれって言われたからさ(爆笑)。最初ピー
ターに取材をやりたいかどうか訊いたんだ。もちろんレコード会社との契約
の一部だし、作品をプロモーションしたいしね。RAMMSTEINの場合は話が
もっと簡単でね。メンバーが6人もいるから役割分担する。それぞれ担当
するものがあり、ツアーとかプロモーションの必要に応じて話をしてる。だけ
どね、ピーターには“オレは取材が大嫌いだからほっといてくれ。プロモー
ションにもいきたくない”って言われたよ(笑)。それでもピーターも取材を
受けてたけど、ヨーロッパのメディアだけだった。今作がこんなに興味を
持ってもらえるとは思ってもみなかったよ。Warner Brothers Recordsが
発売前に試聴できるようにしたら、突然世界中から大きな反応があった。
いろんな国から取材の依頼があった。もちろんピーターをひとりでオース
トラリアや日本やアメリカにいかせるわけにはいかないと思ったから、一緒
にやることにしたんだ。スゴく心を動かされたね。みんなに本当に感謝してるよ」

――曲作りのプロセスですけど、ピーターからティルに音楽ファイルが送ら
れてきて、それにティルが歌詞を乗せるっていう感じだったんですか? それ
とも、たまにピーターが書いてきた曲に「いや、もうちょっとここをこういうふう
にしたい」とかアイディアを出したりしたんですか?
「歌詞をアラスカから送ったこともあったな。ユーコン川にカヌーの旅に出て
てね。“今アラスカのユーコン川にいる。ここから歌詞を送るから、音に当て
はめてみてくれないか”ってメールしたんだ。アイツはインスピレーションを得
たみたいで、ピアノを弾き始め、いろいろ歌詞についてアイディアを絡めてく
れた。それからオレがホテルのバスルームで…タイルが貼り詰められてるか
らナチュラルなリバーブが出る…そこで歌い始め、音声メッセージみたいな
感じで録音した。音声メッセージにはコーラスを入れ、“壮大なドラマ、それも
メロドラマ的な歌い方をしたい。曲に当てはめてくれないか”って送ったことも
あった。そのときが初めて逆の立場で作業したときだった。オレの歌詞が先
にでき、アイツが歌詞にインスピレーションを得て作ってくれたから。通常は
オレがインストゥルメンタルを受け取り、それに飛びつくわけだけど」

――英語で歌おうと思った理由は?
「まずは、ピーターにオレの歌ってることがどんな内容なのかわかってもらう
ようにしなければならなかったからね。2つめはやはりRAMMSTEINから離れ
たことをやりたかった。あまり共通点がないようにね。それに、英語で歌った
方がより多くの音楽ファンに届くと思うから。歌詞の内容をよくわかってもらえ
るし。RAMMSTEINの歌詞がドイツ語からそれぞれの言語に翻訳されてるの
は知ってる。特に日本ではそうだよね。スペインじゃネットのフォーラムがあり、
歌詞の意味や題材について自分たちで訳して語り合ってるよ。今はもっと楽
に理解してもらえるようになったと思うな」

――名義をLINDEMANNにしたのは、ティルのソロプロジェクトだから?
「イヤ、違うんだ。ほかにイイ名義が見つからなかったからさ。名義を探すの
が大変すぎてさ。別のレコード会社の人にあるとき“LINDEMANNならわかり
やすいからLINDEMANNにしたら?”と言われ、それが頭から離れなかったん
だ。ずっと頭に残ってた。イイ名前はみんな使われてるし、ドメインも持たれ
てる。新しい名前をつけるのは今特に難しいことだよ。イイ名義はいっぱい思
いついたんだけどね。長いリストをひとつひとつチェックしたんだけど、“使わ
れてる、ダメだ”って感じだった。ちっちゃなバンドが名乗ってたりするし、ある
いは食品会社の社名だったりしてね(笑)」

――よくある話(笑)。
「PINK PONIES(pink ponyはスラングで陰茎のこと)なんてイカシた名前を
思いついたけど、やっぱり使われてるんだよ。オーストラリアにPINK PONIES
がいてさ。トランペットが入ってる音楽をやってる。FLIES ON DICKS(陰茎に
とまったハエ)なんてのも考えたんだけど…みんな使われてるんだよ(笑)。
それで、わかったんだよ。少なくとも“リンデマン”はオレの苗字だし、誰にもと
られないだろうってね。オーストラリアに“リンデマン”って名前の大きなワイナ
リーがあるけどね(こちらはNがひとつでLINDEMAN)。だけど自分の名前
だから誰にもとることはできない。で、LINDEMANNが頭を離れなかったとい
うこともあり、最終的にピーターが決めたんだ」

――『SKILLS IN PILLS』、スゴくイイです。めちゃくちゃ気に入ってます。4枚目
『REIZE,REIZE』(2004年)以降、RAMMSTEINはサウンドメイキング的にオー
ガニックな方向にいき始め、生っぽくきてるだけに余計、『SKILLS IN PILLS』
がスゴくヘヴィで肉厚で、奥行きもスケール感もあり、ドラマチックだと感じました。
音像的には3枚目『MUTTER』(2001年)に近いかと。
「ピーターに伝えるよ。喜ぶと思う。ありがとう。アイツにとっては大きな意味が
あると思う。問題はアイツがRAMMSTEINの曲や音楽と比べられたくないと
思ってることなんだけど(笑)、その一方で比べられるというのは大きな褒め言
葉だから。RAMMSTEINに似せたくはないけど、クオリティ的に近いのであれ
ば、それは大きな褒め言葉だ。だから伝えておくよ。本当にありがとう。オレ
個人的に今作でもっともこだわったところは、とにかく制作のプロセスを楽し
んだこと。結果は今からわかる。いろんな意見がき始めてる。特別な意図や
意味はつけずに、とにかくピーターと一緒にやることを楽しんでたんだ。アイ
ツは全部自分でやってるから。楽器も全部アイツがやってる。制作自体は
一番簡単だったし、一緒の作業も全部楽しかったよ」

――RAMMSTEINの歌詞も曲によってはとてもユーモアにあふれてます。そう
いったところはLINDEMANNでも同様のようで、1stシングル曲“Praise Abort”
(直訳:中絶を讃えよ)を聴いたとき、スゴくビックリしました(笑)。こういう歌詞だ
と欧米のラジオ局じゃかからないんじゃないですか?
「そんなの正直、クソ喰らえだ。(笑)ラジオでかかろうがかからまいが気にしない。
ほかのメディアやインターネットがあるから。“Pussy”(俗語で女性器のこと)とい
う曲を憶えてるだろ?(6枚目『LIEBE IST FUR ALLE DA』収録)あれは大きな物
議を醸し、オレたちはレコード会社と喧嘩して、“自分んとこのアーティストを信頼
しろよ”って言ったんだ。そうしたら、みんな味方になってくれた。“よし、これでい
こう!”ってね。PVも作り大問題になったけど、最終的には大成功したよ。みんな
ああいうものを待ち望んでたってことだ。もちろん検閲ヴァージョンも、それをさら
に検閲したヴァージョンもあったけよ。ボカシを入れられたりしてさ(笑)。だけど
成功した。ときには大声を上げる必要があるんだ。今回は“Praise Abort”に関
して話し合いになることすらなかったのがハッピーだね。オレたちのことを根本
からサポートしてくれてる。なんの疑いもなくね。もっとも、レコード会社はまだ
あのPVを観てないんだけど(笑)」

――“Fish On”じゃ歌詞のキーワードである”water”を”water, water”と繰り返す
ところがあります。これはRAMMSTEINの歌詞でも見受けられます。ひとつの
言葉を繰り返すことは、なにを意図してるんでしょう。
「あれはただリズムに合わせて言葉を乗せてるだけだよ。曲の勢いを維持する
シンプルなトリックでね。ああしないと“wa~ter in the sea♪”になってしまうけど、
“water, water♪”とやったらリズムが維持できる。まぁ“silly water”とか“heavy
water”とか言ってもイイんだろうけど、“water, water♪”と歌うことでドラマも
2倍になる。フレーズの意味もね。ひとつはリズムのため、もうひとつはドラマを
強調するため。オレがRAMMSTEINでもやってたって? よく知ってるね(笑)」

――母親がジャーナリスト、父親が詩人だった、と聞いたことがあります。歌詞
を書くということにおいて、両親から影響を受けたとかってあると思います?
「あると思う。文学や詩に囲まれて育ってるから、魂のどこかに影響が宿ってる
と思う。父親は子ども向けの本を書いてたけど、それも子どもの世界に入り込む
アートだ。スゴく上手かった。オレがやってることとはまったく違うけど。父親は
オレのやってることは好きじゃないだろう、それは確信できる(笑)。母親はオー
プンマインドで、オレの作品は半分くらい気に入ってるんじゃないかな」

――ライプチヒ出身ですよね。旧共産圏です。RAMMSTEIN結成はベルリン
の壁崩壊後の93年でしたけど、もしいまだにベルリンの壁が崩れてなかった
場合、RAMMSTEINをはじめバンド活動をやってたと思います?
「イヤ。みんな繋がってるから。あのまま東ドイツがずっとあったら、バンド活
動はしてただろうけど、こうはならなかったと思う。こういう表現もできなかった
だろうし。東ドイツには表現の自由がなかったから、言動に気をつけないとい
けなかった。だから今、なんでも声高に言ってしまうんだと思う。昔はできな
かったから。外はもう春なのに、若い馬を厩舎につないだままにしてあるよう
な感じ。それを解き放つと駆け始めるんだ。言いたいことを好き放題に言う。
それができるんだからイイ時代になったと思うよ(笑)」

――LINDEMANNとしてライヴ活動の予定はあります?
「夏に考えることにするよ。今作の発売まで待ってみて、どれくらい話が大きく
なるのか考え、なにをやるのかを決めるよ。フェスティバル出演だけにするのか、
ツアーもやるのか…9月にはRAMMSTEINとしてまたみんなで集まり、次作
のプリプロダクションに入る予定だから、時間と、どうやってやるかアイディア
次第だね。もちろん、今作を出すわけだからプレイもしたいから、実現したら
嬉しいね」

――最初にも言いましたけど、RAMMSTEINとしては10年も来てないんですよ。
「ぜひ日本にきたいと思ってる。2011年にオーストラリアにいったとき、なんら
かの理由で日本にこれなかった。ひとつの問題は、RAMMSTEINが作品を出
すのに延々と時間がかかってるってこと。1ヵ月前にミーティングをしたんだけど、
誰も焦ってなかった(苦笑)。次作をもう少し急いで作ろうなんてプレッシャーは
誰にもなかった。解決すべきギャップや問題を検討はしたけど。スタジオを持つ
プロデューサーのところに飛行機に乗っていくかもしれないし、スタジオの状況
も改善しないといけない。なにしろ過程が長い。プリプロダクションをやり、それ
からプリプロダクションのポストプロダクションをやり(笑)、それが終わったら
レコーディングセッションをやるわけだけど、レコーディングに入る前には新曲
をライヴでやりたい。だからライヴをリハーサル室でやり、それからレコーディ
ングセッション前のプリプロダクションをやり、それから…と延々と続く。マスタ
リングやミキシングまで、とにかくなにもかもに時間がかかる。すべてを自分
たちでコントロールし、細部まで決めないと気が済まない。まったく、オレたち
は音源制作にかけてはオタクだよ(笑)」

――次作が出るまで大変そ(苦笑)。
「もちろんメンバーには“四の五の言うよりやった方が早い”って言うことはでき
るよ(笑)。“ただ楽しめばイイじゃないか”って。だけどRAMMSTEINは民主主
義だから、6人のテイストと6人の意義や意見を合わせるのが大変なのさ」


text by Hiro Arishima
translation by Yukiko Amita & Sachiko Yasue


シェア

 LINDEMANN
 『SKILLS IN PILLS』
 Warner Music Japan
 WPCR-16450 / 7月8日発売