ついに日本に戻ってきたMASTODON! 
圧巻のライヴを見せた彼らの肉声を奪取!!

実に6年ぶりに来日公演を行い、卓越したプレイと、耳に絡み
つくような楽曲、そして巨大すぎる存在感をいかんなく発揮し
た、素晴らしいライヴだった。当日、会場にてビル・ケリハー(g)
に取材を敢行。しきりに「日本が嫌いで来ていなかったわけ
じゃないんだ」と繰り返していたビルに、キャリアとバンドの
成功について聞いた。

――日本に来るのは6年ぶりですし、今回が初の単独公演ですね。
「オレたちは日本がとにかく大好きだからね。国としてはもちろん、文化、人、
食べ物…すべてが大好きだ。日本に着いてからも、あちこち歩き回ってオモ
チャを買ったり、日本食を楽しんだりしていたよ。日本のみんなに勘違いして
ほしくないのは、俺たちは日本を避けていたのではない…ということ。日本
には、ずっと来たかった。もちろん震災があったりで大変だっただろうし、ほか
にもいろいろと事情があったんだと思う。でも、まさかプロモーターから声を
かけてもらうのに、こんなに時間がかかるとはね。やっと…だよ」

――いつも単独公演はどんな感じなんですか? 久々の日本…という
のが頭にあったり?
「80分くらいを基準に、時間によってはもう1曲あるかないか、くらいだな。俺た
ちのライヴは、これくらいがちょうどいいんだ。これ以上長いと、やり過ぎになっ
てしまうと思う。それに曲も“この曲を久しぶりにやろう”とか、“今日はこっちに
しよう”とか、そういったことができるものではないからさ。どれも難しいから、曲
を厳選してしっかりとリハーサルしたうえで、80分前後に収めるようにしている
んだ。トータルで20数曲くらいが、いつもの俺たちのライヴだよ」

――MASTODONはいまや欧米でかなり大きな存在ですが、もともとは
すごくアンダーグラウンドなシーンから出てきたバンドですよね。ビルと
ブラン(・デイラー/ds)は元TODAY IS THE DAYのメンバーというキャ
リアもあります。駆け出しの頃は、今のように音楽で成功して、身を立て
ることは目標としていましたか?
「もちろん、自分の音楽でいつか成功したい…とは、目標としてずっと思って
いたよ。MASTODONもそれなりに大きな存在になったから、ある種その目標
は達成されたと言えるかもしれない。ただ、成功の定義とはなんなのか考え
てみると、いろいろな側面があるから難しいな。とはいえ、MASTODONとして
15年にも渡って、自分の好きなことをやってきて、たくさんの国でギターを弾
いて、それで食べていくだけの金を手にすることができるようになった。これ
は俺にとって、間違いなく成功だよ」

――バンドが成功したことで、何か変わったことはありましたか?
「実は、義理の母親…俺の妻の母からは、最初は結婚を反対されていたんだ。
“こんな汚い、ろくでもないバンドのギタリストと結婚だなんて、とんでもない!”っ
てね(苦笑)。当時はまだ俺も駆け出しだったから、何も言い返せなかったよ。でも
後々、いろいろな雑誌で取り上げられるようになり、ときには表紙にも起用して
もらえるようになってきたら、彼女も認めてくれたんだ。“私が間違っていた”なん
てね。そういうのを見ると、やったぜ! と思うね(笑)」

――そこまで周囲が変化すると、ついていくのは大変だったのではないですか?
「バンドがビッグになったからといって、俺自身は何も変わらないさ。初めて日本
に来たときと同じだよ。ロックスターなんてものじゃないし、ただの普通の男さ。
俺たちがこうしていられるのは、MASTODONが15年かけて、ゆっくりとのし上
がってきたことが理由じゃないかな。一夜にして成功してしまったおかげで、高
飛車でいやなやつになってしまったミュージシャンの例はたくさんある。だから
かつてやってきたバンドも含めて、下積みが長かったのは逆によかったと思う。
同時に、以前よりも欲が出てきているのも感じているよ。ここまで来ることがで
きたんだから、もっと上にいけるはずだ、とね。もっと野心的になっていると思う。
でもバンドを始めたばかりのころは、ただバンを運転してプレイして、終わった
らまた次の街へとバンを走らせて…たまに立ち寄ったところでうまいものを食べ
たり、家に残してきた家族に生活費を振り込んだりするだけで満足していた。
今はまったく違う立場にいるわけだから、もっといろんなことができるんじゃな
いかと思うんだ」

――でも、いい曲が必ずしもヒットするわけではないですよね。逆も然りです。
MASTODONがここまでビッグになれた要因を、自分で分析したことはあり
ますか?
「俺もこれまでにいろんなバンドでプレイしてきたし、そのすべてでやっていた
ことには自信がある。でも振り返ってみると、MASTODONには何か特別なも
のがあったんだと感じるよ。曲作りやプレイはもちろん、アートワーク等も含
めて、よりたくさんの人に注目してもらい、印象に残るように精進してきた結果
だと思う。長い間、止まることなくツアーを続けて、忠実なファンベースを作り
上げてきたからね。また常に自分たちのルーツに正直であって、妥協を許さ
ずにやってきたからじゃないかな。これだけ長続きしたのは、さっきも言った
ようにじっくりとのし上がっていったことが最大の要因だと言える。1曲だけヒッ
トしてあとはサッパリ…というのではなく、少しずつ着実にやってきたのがよ
かったんだ。アルバムも、作るたびにどんどんクオリティが高くなっていった
と思うしね。俺たちの曲は、最終的にはデジタルで配信もされるけど、俺たち
の心がこもっているんだ。やっぱり、心がこもっていないものは見破られるも
のさ。そこはみんなも感じてくれているはずだよ。加えて歌詞の内容について
も、実生活に密接に関わっていることや、俺たちが実際に体験したことが題
材になっている。『CRACK THE SKYE』なんかも、とてもパーソナルな内容
だったしね。このバンドの歌詞の特徴は、聴く人が自由な解釈ができること
なんだ。俺たちが書くときは自分たちのパーソナルなことを込めているけど、
みんなが聴いたときには、今度はそれぞれの生活に照らし合わせて考えて
もらえる。だからこそみんなが共感できると思うんだ」


text by Yusuke Mochizuki
translation by Mariko Kawahara


シェア