新作『REPENTLESS』を引っさげ、
帝王再び日本に降臨!

SLAYERの通算11枚目の新作『REPENTLESS』はジェフ・ハンネマン(g)他界、デイヴ・ロンバード(ds)完全脱退後の初めての作品だ。ゲイリー・ホルト(g)、ポール・ボスタフ(ds)を正式に迎え入れての新布陣による初作品である。ラウパー15初日の出番数時間前に、ケリー・キング(g)にいろいろ聞いた。



――3年ぶりに来日し、大阪と東京で単独公演をやり、いよいよラウパーのステージに上がるわけですけど。
「最高の気分だね! アメリカと日本の時差の違いに体調とかを合わせられたのは、今回が初めてだよ。来日してから毎晩ちゃんと寝られたんだ。いつもは最低だった(苦笑)。夜5回も目が覚めたりしたこともあったけど、今回はなぜかうまくいった(笑)。ライヴは最高だし、公演と公演の間にその都度時間があったんで、友達と会ったりしてリラックスできてる。そうすると、今晩みたいにガツンといけるわけさ」

――ラウパー前の単独公演は観てないんですけど、公開されたライヴ写真を見ると、ステージ後方のバックドロップが、(ビールの)ハイネケン(HEINEKEN)のロゴのパロディでハンネマン(HANNEMAN)になってました。あれは亡くなったジェフ・ハンネマン(g)への追悼の意であり、リスペクトであり、いまだに友達であり、ファミリーであるということですよね?そして、実際ジェフはハイネケン好きだったんですか?
「もちろん! 大好きだったよ。確か彼はあの、ハンネマンのロゴの入ったギターを持ってたと思う。モノクロで、バックドロップの色じゃなかったけど。あれは3年前から使ってたけど、ここ日本じゃまだ使ってなかった。だから使うのはここが最後になるかもしれない。ほかの国じゃずっと使ってきたから。あれが見えるとファンが喜ぶんだ」

――新ギタリストのゲイリー・ホルトと一緒に新作を作り、ツアーにも出てます。当然ジェフとはまったく違う人ですから、じっさい一緒にやってみてどうです?
「最高さ! ゲイリーのことでおかしかったのは、2011年に最初にリハーサルを始めたとき…だけど今はもう彼はリハーサルにはこない。家でちゃんと宿題をやってくるから。だけど、スタジオでリハーサルしてたとき、オレはたまに彼の方を見てた。彼はオレとまったく同じプレイをしてたんで、まるでオレ1人がプレイしてるように聞こえたから。それでたまに顔を上げ“そうだ、彼も弾いてたんだったな”って思ったほどさ。オレのモニターに、ゲイリーの音は返してない。彼のことは心配いらないからさ」

――ドラマーのポールは正式メンバーになりました。前任デイヴ・ロンバードはそれまで出たり入ったりを繰り返してましたけど、彼自身が前に取材でこう言ってたんです。「ボクはスゴく難しい性格だから、人とうまくやることがとても苦手なんだよ」と。長いこと一緒に苦楽をともにしてきて、そういうことって感じたことあります?
「前回デイヴが戻って来たとき(2006年)、オレはその前より楽しく一緒にやれたよ。特に、ここ数年前から最後まではそうだった。オレが思うに、デイヴは単に人からマズいアドバイスを受けたんじゃないかな。彼は信じるべきじゃなかった人を信じたんだ。その結果、ああいうことになってしまったんだ」

――ポールとは前から何度も一緒にやってきたわけですけど、今回正式参加を受けて以降はどうです? デイヴのドラミングはものスゴく特徴があります。キューバ人特有のサンバなどのリズム感というか。どんなにファストにプレイしてても跳ね、踊るような感じがビートから放たれます。だけどポールはタイプ的にまったく違います。その違いを強く感じてます?
「デイヴとのプレイで面白いのはイイところも悪いところもあるってこと。彼は飽きっぽいんで、プレイ面でもなんやかんや入れてくる。だから、デイヴとプレイしてると油断できない。彼はしょっちゅうインプロヴァイズするのが好きなんだ。ポールは頑張ってデイヴが作品でやったことを真似してるけど、デイヴほど緩くない。ポールはマシンのよう。作品でやったことをほぼそのままライヴでもやってる」

――新作ですけど新メンバーが正式2人加入しました。かつてSLAYERがやってたレコーディングや曲作りのプロセスは今回違いました?
「それはないよ。ゲイリーがやったのは、リズムトラックがすべて終わった後のリードだけだったし。ポールとは以前一緒にやったし。ポールとだろうがデイヴとだろうが、基本的には同じこと。新曲作りのためにスタジオにいたのは、オレたち(ケリーとポール)だけ。スタジオ入りするとき、トム(・アラヤ/vo,b)は曲を知りすらしない。プレイしたことがないんだから(笑)! それまではオレとデイヴ、もしくはオレとポールで、オレたちがやろうとしてる曲にドラムがバッチリ合うようにする。それからスタジオ入りし、ヴォーカルやリードを加えていく。というわけで、ポールとは以前一緒にやったことがあったし、ゲイリーは楽しい。さっきも言ったように、あまりにもできるんで、オレは心配する必要がない。ゲイリーがくる前にオレが半分リードをやっておいて、それから彼がやってきて、たったの1日で終える。翌日、家に帰ったさ。ソロを弾き終えた彼に向かってオレはこう言ったんだ。“家に帰って録ったものを聴いてみろ。明日もう一度やりたければやればイイし、それでイイと思うならら、それでいいと思う”って。そして、そのまま終わった。彼はすべて1日でやり、翌日家に帰ったよ(笑)」

――トムとケリーはずっと一緒にSLAYERをやってます。だけどゲイリーとポールは、SLAYERのことをよく知ってたとしても、まあポールは別にしてもゲイリーはメンバーじゃなかった。作曲中やレコーディング中とかに、ケリーやトムから「ここんところこういうふうにしてくんない?」というようなリクエストってしました?
「ポールにはあった。オレはドラマーじゃないけどドラムのアイディアはある。彼と一緒に曲を作ってたとき、彼にやってもらいたいことの6~8割はオレの頭のなかにあったんで、それを彼に説明した。どうするかというと、イントロ、ヴァース、コーラス、ブリッジといった曲のストラクチャーができ上がると、オレが間違いないと思ってることを彼に伝えたんだ。一方、どっちつかずの部分に関しては“ここはどうしてイイかイマイチわからないんで、オマエがどうするか見てみるさ。それを気に入らなかったら言うから”と言った。(笑)。ゲイリーには好きにさせたよ。彼はスラッシュメタル・ファンだ。さらにSLAYERファンだし、この世界でおそらくオレの一番古い友達だから、彼は自分がなにをすべきかちゃんとわかってたんだ」

――新作は作曲のプロセスからレコーディングが終了し完成するまでに、わりとスムーズに進んだように思えるんですけど。
「スムーズだった。唯一スムーズじゃなかったのは、ツアーのせいでかなり中断されたってこと。2012年に“Implode”を録ったのを除けば、昨年10月から本格的に作業を始めたんだけど、間にいくつかツアーを挟んだ。これにはイラついたな(笑)。ライヴのための曲をリハーサルしないといけないんで、そうするとその日ポールが新作用に費やすドラムの時間が削られることになる。そしてツアーから戻ってくると、すぐにレコーディングに戻らないといけなかったんで、オレにとっての唯一の問題はそれだったね」

――新作はNuclear Blastに移籍し発売しました。自分のなかじゃやはりSLAYER = リック・ルービン(超大物プロデューサーであり、バンドがかつて所属してたamerican recordingsの総帥)というイメージが強いです。Def Jam recordingsと契約しメジャーデビューして以降、リックの名前はプロデューサー、エグゼクティヴプロデューサーのクレジットで必ずありました。長く、そしていろんな形での関係値があったのに、今回はリックの名前が完璧になくなってしまったのが最初驚きました。どういう背景があったんでしょう?
「オレはNuclear Blastと契約すると確信してた。彼らがオファーしてきたからだ。だけど、トムもオレもオールドスクールな人間だから、american recordingsがどう出るか見てみたかった。だけど彼らは、“頑張れや”と言っただけだった。彼らのオファーは、25年間一緒にやってきた仲とは思えないようなものだった。だけどそのことについて、オレは別に怒っちゃいない。ただ、あんなオファーをするくらいだったら“我々は別の方向に進む”と言い、オレたちになにもオファーしてくれない方がよかったよ(笑)。リックはレーベルオーナーだから、キミが言ったようにエグゼクティヴプロデューサーだ。だけど『DIVINE INTERVENTION』(94年)以降、彼はプロデューサーじゃなかった。彼はオーナーだからミックスは彼を通さないといけない。彼が可か不可かを決定する。だけどSLAYERの音楽には20年間触れてない。今回プロデュースしてもらったテリー・デイト(PANTERA、LIMP BIZKITほか)はすばらしかった。彼との仕事は大好きさ。今回、実に見事にやってくれたよ。すばらしい音になったと思う」

――つまり新作の出来には100%満足してると?
「もちろん! アートワーク、サウンド、曲、すべてをとても気に入ってる。トムはすばらしい仕事をしたし、ポールには“これはオマエにとっての『REIGN IN BLOOD』(86年)パフォーマンスだな”って言ったくらいさ(笑)」

――SLAYERが結成してロサンゼルスで活動を始めたとき、サンタモニカ・ブールヴァ―ドにあるクラブ、トゥルバドールで数十人のお客さんを相手にライヴをやってました。それを観たリックが感動して契約したと申し出たという話がありますけど、あれからもう30年以上の歳月が流れました。数十人のお客さんを相手にしてた頃、今現在の自分ちの姿って思い描けました?
「今現在のようになりたいという願望はもちろんあったさ! 期待はいくらでもできるけど、ここまで巨大になると思ってたかって? 当時17歳のケリーはそう思ってたかもしれない(笑)。世界のド肝を抜くことができると思ってたからね。だけど、これだけ長い間やってこられたなんてね。30年以上のキャリアのあるバンドなんて、そうそういるもんじゃない。それについては超誇りに思ってるよ。だけど“世界を征服してやる”と当時まだ10代だったケリー、トム、ジェフ、そしてデイヴが思ってたのは単なる願望だったよ」

――ヘビを飼うのが趣味なんですよね?
「その話は本当さ(笑)」

――どのぐらい飼ってるんです?
「オレにはもう世話ができないんで、フルタイムで世話をしてくれてる人がいる。この2年間で、500匹以上生まれたかな。今年と去年だけで、毎年500匹生まれたんだ。オレ、ギターを弾くことと、ヘビのブリーダーはかなり得意なんだよ!(笑)だけど今はヘビはやってない。今は来年繁殖させたいヘビを選ぶくらいさ」

――スゴい巨大な檻みたいなのが家にあるとか?
「倉庫だ」

――そ、倉庫っ!
「そう。オレは98年にヘビの繁殖から手を引いた。SLAYERに費やす時間が増えたからね。趣味が仕事の邪魔をしちまったんで、完璧に手を引いた。その後オレは再婚したんだけど、彼女が突然“蛇が欲しい”と言い出した。で、“以前オレがなにをやってたか教えてあげるよ!”と言ったんだ。ちなみに最初にヘビを扱いだした頃、世話をしてくれてた男の息子が、今オレのところで働いてる。昔、オレが彼によくしてたことを彼は憶えててね、喜んでたよ。オレは彼のことを“Snake Whisperer(蛇使い)”と呼んでる。彼はおそらく、オレよりできる。だからそんな彼がオレのために働いてくれて嬉しかったよ。25年も前のことさ」

――ヘビのいったいどこが好きなんです?
「初めてヘビを手に入れたのは84年だった。初めてのツアーで友達が飼ってたのを見たんだ。そしてそのヘビは“Venom”といった。あれはとってもイカしてたな。それからツアーに出る人間にとってこれはうってつけのペットだと思うようになったんだ。毎日世話をする必要もないし、毎日エサをやる必要もないし、毎日水をやる必要もない。ただ、水を置いておけばイイんだ。2週間放っておいても平気なんだ。野生のヘビは2~3ヵ月に一度エサにありつければラッキーなんだ。だからずっと家にいない人間にとってはうってつけのペットなんだよね」


text by Hiro Arishima
translation by Mariko Kawahara


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