ベン・オズモンドソン(b)が語る
自分自身とZEBRAHEADとは?

ZEBRAHEADが再来日した。MAN WITH A MISSION Presents「Out of Control JAPAN Tour 2015以来3ヵ月ぶりだ。東京公演初日の午後、ベン・オズモンドソン(b,vo)と対峙した。

――1年間で3回来日したじゃない。1年間の来日回数過去最高を更新したね(笑)。日本が大好きなわけだから、もうじき日本に住むんじゃない(笑)?
「そうできればと願ってるよ、ラッキーならね!だけど、こっちは物価が高すぎる。東京に住むと高くつく。こっちはなんでも高いから。レストランでもなんでも、すべてが高い!」

――3回来日し、その間にベスト盤『グレイテスト・ヒッツ?』(2015年)を出し、さらにMAN WITH A MISSION(MWAM)とのスプリットEP『Out of Control』(2015年)に新フル作『WALK THE PLANK』(2015年)も発売と、音源リリースも多作だったね。まさにこの1年盛りだくさんだったわけで…。
「おかげで超忙しかったよ。クレイジーだった。ツアーに出てるか、レコーディングしてるかのどっちかを必ずやってたもん。ZEBRAHEADにとってこれまでで一番忙しい時期だったんじゃないかな。しかも新しい試みのプランまで並行して進めてるんで、まだまだある。だからホントに時間が足らないんだよ!」

――『Out of Control』で、初めてZEBRAHEADのことを知ったMWAMファン、邦ロック好きの人たちっていっぱいいると思うんだ。それってZEBRAHEADにとっちゃ大きなアドバンテージだと思うんだけど、実際にMWAMと東名阪ツアーをやってみて、「ああ、新しいファンが自分たちを気に入り観てくれてるな」っていう実感はあった?
「まさにしたよ。ボクがひとつ気づいたのはMWAMのオープニングを務めたとき、EP収録曲をやると、全員がどの曲の歌詞かも知ってたんで、ボクたちがそういう曲をプレイするや否や、アリーナ全体が完璧にクレイジーになった。だからスゴくハッピーだったよ。EPを買ってくれたみんなは、MWAMの曲だけを聴いてたんじゃなく、ボクたちにもチャンスをくれたんだ。最高さ。ヨーロッパでも同じで、今度はMWAMがツアーでボクたちのオープニングを務めると、彼らがEPからの曲プレイするたんびにキッズがクレイジーになってたんだ」

――日本にくるとMWAMがトリでZEBRAHEADがサポート、ヨーロッパにいくとZEBRAHEADがヘッドライナーでMWAMがサポートっていう、こういう関係っていいね。
「クールだよ。いい感じに交換してる。ホントにそうなんだよ。MWAMはとてもいいヤツらさ。一緒にいてスゴく楽しいんで、ホントによかったよ。ヨーロッパツアーが終わったときなんて、マジで全員しばしの別れを惜しんだくらいだからね」

――さいたまスーパーアリーナでの2日目公演だけ観たんだけど、2バンドそれぞれのよさがものスゴく出てたよね。MWAMはスゴい人気だし、めっちゃ勢いがあるからガ~っていってたし、ZEBRAHEADはZEBRAHEADで20年のキャリアがものを言う、みたいな感じでステージ運びなどもご機嫌だった。その対比を大いに楽しめたよ。やはりその違いというのを意識したのかな?
「誰と一緒にやろうがどのライヴでも、ボクたちはできるだけ楽しくパーティするよう心がけてる。ボクたちのライヴにくるってことは、自分が抱えてる問題を忘れるってことなんだもの。世界がどんなに悲惨だろうが、みんながライヴを楽しめるようにしたい。ボクたちだってそうさ。ボクの人生は今最低だけど、プレイを始めるや否や忘れて楽しめる。酒もしこたま飲むしね(笑)」

――あの晩のライヴを観ててもうひとつ気づいたのが、下ネタを相当控えてたってこと。どっかからストップがかかったとか(笑)?
「いや、みんなにショックを与えたくなかったんだ。ボクたちに慣れてないと、“アイツら大丈夫か?”って思われるだろうからさ、ちょっと抑えたんだよ(笑)。それに、ボクたちのセットは短めだった。いつもなら酒をもっと飲むから喋りも多くなるんで、ライヴが進むにつれどんどん悪化していく(苦笑)。だけど短めのライヴだったからボクもそこまで酔っぱらわなかったんだよね(笑)」

――さいスパ2公演の前日、渋谷Eggmanで単独公演やったときは下ネタ全開だったって聞いたよ(笑)。
「そのとおり! あのライヴは長めのセットだった(笑)! 1時間半もやったから酔っぱらう時間があったのさ(笑)」

――単独公演じゃ普段の自分たちを出し、さいスパんときはちょいと優等生ぶってたわけね(笑)。
「うん、ちょっとはぶってたかも。それにライヴには幼いキッズもきてたからね」

――『Out of Control』収録曲“Lockjaw”でまるでポルノよろしくのPV作ったじゃない。最初観たときはさすがに驚いたよ(笑)。で、日本のレコード会社になぜああいうのを作ったんだろ?って訊いたら「我々、あのPVは知らなかったことにしてますから」ってな答えが返ってきたよ(笑)。
「ボクたちのPVはすべてうちのギターテクが作ってるんだ。ある週末にフェスティバルに1回出るだけのためにヨーロッパにいったんだよね。そのときホテルの部屋からすべてを撤去し廊下に置き、みんなで裸でオリンピックを始め、その様子をビデオ撮影してるところを見たんだ。スゴくヘンな撮影でさ(笑)。だけど、それがスゴくおかしかったんで“なんてこったい!ボクたちもこういうのを作らなきゃ!”ってなったんだ。で、そのギターテクに“Lockjaw”のPV製作も頼んだんだ、“好きにやっていいよ”って。そしたら売春婦が出てくれて撮影もOKだっていうじゃないか。そう、あのPVはうちのギターテクが好きなように作ったものなんだ。ヤツにとってあの曲がどういう意味を持つかを、あのPVで表わしたわけ。あのPVはかなりいい感じに描かれてると思う。人生で起こり得るありとあらゆるめちゃくちゃが表現されてる。ヤツは東ドイツ出身でさ、若い東ドイツ人にとってのめちゃくちゃな人生とはああいうものなんだ。ドイツじゃ売春は普通のことで、赤線地区はいたるところにある。ヤツの考え方じゃあれは普通のことなんだ。アメリカ人にとっては超ショッキングだけど、ヤツの世界じゃ普通のことなんだよね」

――だけと即YouTube上から削除されたよね(笑)。
「だってそうしないといけなかったから(苦笑)。だけど実際に観てみると、みんなが言うほど悪くないと思うんだけどな。撮影の大半は、ボクたちが滞在してたホテルの部屋でやったんだ。スゴくおかしかった。あそこで起きたことはすべて、ギターテクのご近所で実際に起こってることなんだよ」

――バンドは昨年、結成20周年を迎えたね。その間、世のなかの物事はいろいろ変わり、音楽シーンも激変し、音楽ビジネスの在り方も以前とはまったく違うものになったじゃない。バンドはその間メンバーチェンジを2度経験し、一時所属レコード会社を失ったこともあり、と何度も困難に直面してきた。それでもいまだにきちっと活動ができてて、ワールドワイドでツアーもやれてるというのはホントにスゴいよ。やはり、この20年間大変だった?
「大変だったとは言えないな。だって記憶が曖昧なんだもん。ある日目が覚めると、20年も経ったことに気づき、どれだけ悲惨なことがあったか思ったりもする。だけどボクたちがやってることで楽しいことはたくさんある。そりゃストレスだってかなりあるけど、大半は世界中を廻って楽しんでるんだから大変だとは思わないな。あまりにも早くときが過ぎていったんだから大変だったわけがないよ」

――じゃ訊き方を変えてみるね。この20年間で、一番キツいなと思ったことって?
「一番キツかったのはジャスティン(・マウリエロ/vo,g)が辞め、まだマッティがいなかった頃かな。ボクたちはバンドを続けたかったんで、スゴ~くいろんなシンガーにあたってみたんだ。ボクたちと仲よくやれて、ボクたちがやりたいと思うアイディアにふさわしいシンガーを見つけるためにね。だけど、そういう人間を見つけるのは決して楽なことじゃない。本当の意味で大変だったのはあのときだけだったかな。そういう人間を見つけられる確信がなかったから。だからマッティと出会ったボクたちはスゴくラッキーだった。ヤツはボクたちと同じだし、スゴ~くいいヤツなんで、ボクたちにぴったりさ。楽しむのが好きだし、すばらしいシンガーでありギタリストなんでね」

――前から思ってたんだけど裏側でバンドをひとつに束ねてるのはベンでしょ? つまり黒幕ね(笑)。
「わからないよ。だってボクは自分の靴ひものコントロールさえできないヤツだからね。影でいろんなことをやって楽しんではいるけど、人生でボクにコントロールできるものはなにもないんじゃないかな」

――実は、いつもどっしり構えてるエド・ウドハウス(ds)だったりして(笑)。
「アイツは面白い」

――それ、質問の答えになってないからね(笑)。
「イヤ、そう言っておこう(笑)」

――だけどさ、いつもパーティパーティ言ってるけど、それだけじゃここまでバンドは続かないよ。まとめ役がいないと絶対無理。作品を出し、サマソニにきて、その翌年初頭に単独公演で帰ってくる洋楽ロックバンドなんて、今ホントに一握りしかいないから。MWAMのジャンケン・ジョニーも言ってたよ、「イツモトテモ真面目に取リ組ンデマスネ」って。
「確かにボクたちは物事に対してとても真剣に取り組んでる。だけど楽しめるようにすることも心がけてる。ボクたちは世界中のいろんな国でジャンケン・ジョニーをへべれけにした!(笑) ヨーロッパツアーはバンで移動したから、MWAMもボクたちのバンに乗ってた。そこで、彼にいろんな楽しい体験をしてもらったよ(笑)。だけどZEBRAHEAD、そしてバンド活動はボクたちの大好きなことだから真剣に取り組む、とても真剣にね。これは神からの贈り物のようなものなんだ。仕事で音楽をやって世界中を廻れる人間が世界中にどれだけいると思う?だからジョークでこんなことはやれない。これはボクたちにとってとてもシリアスなことで、ボクたちは神から与えられたことをやってる。だからパーティが好きなのと同じくらい、ヘマをしたくないという思いも強いよ」

――だけど普段、ライヴ中とかじゃ絶対そのシリアスさは見せない。徹底してエンタテイメントしてる。そして、それで完全にZEBRAHEADのイメージやキャラを確立してる。それってホントにスゴいよ。
「ありがとう、嬉しいよ。さっきも言ったように、シリアスにならざるを得ないこともあるよ。若い頃、ボクはちゃんと学校に通ったんで、クレイジーな学位をたくさん持ってる。それを活用しないのはなかなか難しい。だけどさ、ボクはいつだって“バンドをやることを選んだボクは正しかった”って思えるんだよね。バンドをやってなかったら、きっと大金持ちになってたとは思うけど(笑)」

――ベンはその学生時代、とても日本に興味を持ち、日本語の課程もとってたよね。それで日本への理解というものが深まったわけで、それも日本でのZEBRAHEA人気の確立に一役買ってると思うんだ。日本人女子数人とデートしたって言ってたしね(笑)。
「ボクがデートしたのは1人だけだよ! 彼女は日本人とのハーフで、彼女と7年間付き合ってたんだけど、彼女のお母さんがほとんど英語を喋れなかったんで、ボクが日本語を覚えればいいんじゃないかと思ったんだ。そうすれば、彼女のお母さんと話ができるからって。それで2年間学校に通い、それからボクたちは別れたんだ」

――あら、それは失礼…。
「いいんだよ、自ら選んだことだったから。あれもまた、ボクの人生におけるシリアスな瞬間だったな。彼女にフラれたんだ。忌々しい女め(笑)!」

――彼女のお母さんとコミュニケーションを図るために日本語を習得しようと努力した、なんて泣けるね。自分たちが一番という想い、価値観を持つ人たちが多いアメリカじゃとても稀だと思うな。
「そのおかげでボクは、日本の文化に深くのめり込むようになったんだ。学べば学ぶほど、世界中がそこから学べるものがあることに気づくんだ。目上の人に対するリスペクトの気持ちがない国が多いし、人に対する扱いがなっていない国も多い。ボクたちにはビールを飲んでバカをやるっていうイメージがあるけど、互いをリスペクトしない世界になっていってるのが、ボクはイヤなんだ。ボクは政治に関する話をし、いかにも政治を知ってます、みたいなことはしたくないけど、人の扱い方についてはガッカリしているよ」


text by Hiro Arishima
translation by Mariko Kawahara
pics by Daisuke Sakai (FYD inc. / shibuya eggman)


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