第3のギタリスト兼ノイズメーカー、パット・スメアに話を聞いた!

サマソニ初参戦で再来日し、新作『コンクリート & ゴールド』を出したばかりのFOO FIGHTERS。普段なかなか話を聞く機会がないパット・スメアを取材した。彼のパンクロックキャリアから新作についてまでを語ってくれた。

――新作が発売されたばかりですけど。
「ワクワクな気分さ。作り終えた後にいつ発売されるか訊いたらあまりに先だったんだよ。“そんなに先なのかよ!”って感じで(笑)。今はツアー中だけどまだ新曲は全部プレイできてないし…一日も早く全曲プレイできるようになるといいんだけどね」

――今は“Run”ぐらいしかプレイしてないと?
「イヤ…新作から5曲くらいやってる。と言っても1回のライヴで全部やるわけじゃなく、せいぜい1、2曲なんだけどね」

――まずアナタ自身のキャリアについての話からさせていただきます。GERMSで作品デビューしてから今年でもう40年になりますね。これはスゴい長いキャリアですけど、今日までのキャリアを振り返ってご自身じゃどう捉えてます? 一言、二言じゃ語れないとは思いますけど…。
「そうだなあ…オレは振り返ることにあまり重きを置かないタイプなんだよね。“今”なにが起こってるかに大体気持ちを集中させてるから。だけど楽しい日々を送ってきたよ」

――GERMSは伝説的なパンクロックバンドでした。その後45 GRAVE、ソロ活動、NIRVANA、FOO FIGHTERSと活動を重ねてきたわけですけど、どのバンドもパンクロック寄り、もしくはパンクロックベースですね。アナタにとってやはりパンクロックなるものが表現手段の基本軸なんでしょうか。
「そうだね、間違いなく今でもパンクロックギタリストだと思ってるよ。自分が過去いたバンドもそうだったけど、自分の意識としてもパンクロックギタリストなんだ。そういうギタリストに需要のあるところでしかやったことがないってのもあるし(笑)」

――FOO FIGHTERSには『FOO FIGHTERS』(95年)のツアーから参加し、続く2枚目『THE COLOUR AND THE SHAPE』(97年)のツアーで脱退してます。あのときなにがあったんですか?
「単にいろんな意味でオレにはトゥーマッチだったんだよね。とにかくトゥーマッチだった…それまであんな感じのバンド経験は一切なかったし。というか、生まれて初めて一緒にツアーに出たバンドがNIRVANAだったんだ。なにしろトゥーマッチだった。その後の活動も含めて時期尚早だったのかもしれないな」

――つまりツアーだ、音源制作などで時間も余裕もなかった、と?
「すべてがノンストップだったんだ。で、“もういいや”ってなって辞めたんだ。(笑)」

――一旦脱退してからまた加入するまでの間、ご自身ではあまり演奏活動をしてませんでしたよね。他人のプロデュースはしてましたけど。そして、2006年のツアーからまたFOO FIGHTERSに復帰したわけですけど、そのいきさつは?
「FOO FIGHTERSを脱退したときは、演奏できない寂しさを一切感じなかった。だけど感じるようになり始めたとき、自分が唯一メンバーになりたいと思ったバンドがFOO FIGHTERSだった。ほかのバンドには一切興味がなかったから検討もしなかった。“イヤ、興味ないし”みたいな感じで。プロデュースは何件かやったけどそんなに大きなプロジェクトじゃなかった。で、GERMSの活動を再開し、GERMSについての映画『ジャームス 狂気の秘密』ができて、その打ち上げのときにプレイしたんだった。GERMSのオリジナルメンバーと、他界したダービー・クラッシュ(vo)の役をやったシェーン・ウェストとでね(笑)。 で、デイヴ(・グロール)がアコースティックツアーをやろうとしててさ。デイヴから電話がかかってきて“何人かメンバーを足すつもりだから一緒にインストアライヴかなにかやらない?”って訊かれて…GERMSの活動はあったものの、スケジュール的にはバッチリだったんで、しばらくは両方のバンドをやってたんだ。本当に楽しかったね。数週間パンクロッククラブでクレイジーな環境に身を置き、次の数週間は座ってプレイするような会場でアコースティックライヴをやってたよ。今までのツアー生活のなかでもおそらく最高の1年だったんじゃないかな」

――つまり両立できたと? まさにセレンディピティって感じですね。
「そう、うまくいったよ。それ以来オレはどこにもいってない(笑)。

――いかないでくださいよ(笑)
「(笑)」

――脱退期間中もFOO FIGHTERSの面々とは連絡を取り合ってたんですか?
「ツアー中のときほど頻繁ではなかったけどね。連絡を取る回数は少なかったかな」



――現在バンドにはデイヴ・グロール、クリス・シフレット、そしてアナタとギタリストが3人います。メインソングライターはもちろんデイヴですけど、アナタもクリスとともに曲作りにどのくらい関わってるんですか。そして曲作り、レコーディングのプロセスでのデイヴ、クリスとのギターのコンビネーションはどう組み立ててるんですか。
「最近は楽になってきたね。オレたちはギタリストとして全員個性が違うから、長い間やればやるほど楽になる。最初は自分の居場所を探さないと、誰かの邪魔になったらイヤだし、だけど自分らしいノイズは入れたいし、なんて考えながらやってたからちょっと大変だった。だけど今はかなり自然体でできてるよ」

――デイヴが新曲を聴かせてそれに残りの2人が独自のフレーバーをつけ加えるとか、そういう感じでの作業ですか?
「そういうときもあるよ。テープ…今は音源データって言うのか。それが送られてきてこっちで完成させるときもあるよ」

――ライヴでもギターパートをそれぞれ弾きわけてますもんね。
「作品の録音どおりに弾きわけるときもあるし、曲によっては“この部分はコイツがやらないと”とか“ここの部分が抜けてる”とか、デイヴがその部分を弾きながらステージを走り回りたいなんて言い出したら、デイヴがもともとやってたパートは別のヤツが担当したりするんだ。だからライヴの場合はそのリハーサルに入るまでどうなるかわからない感じだね。まあ、大概は作品の録音どおりなんだけど、そうやって時々担当替えをすることもあるんだ」

――それも我々ファンにとっては楽しみのひとつですね。「あれ、あそこパートは普段デイヴが弾いてるハズだけど…」みたいな(笑)。
「そう。オレがほかの誰かのパートを弾いたり、誰かがオレのパートを弾いたりする。面白いだろ?(笑) そういうのって、リハーサル中に自然の流れで決まるって感じ。で、そのリハーサルの最中に誰かが思いだすんだよ。“あのギターパートのオーバーダブ部分はどうする?今は誰も弾いてないけど”なんて。“あそこは誰かが弾かないと”ってね(笑)」

――長いことツアーメンバーだったラミ・ジャフィが新作から正式メンバーとなりました。サウンドがさらに厚みを増したわけですけど、3人のギター隊とキーボードのコンビネーション面で特に気を使う点とは?
「うーん、今までと同じだよ。ラミもアコースティックツアーの頃から参加してるんだ。アイツは最初はほんの数曲しか参加してなかったけど、ツアーを重ねるにつれ参加する曲の数が増えていった。で、ある日テイラー(・ホーキンス/ds)がアイツにこう言ったんだ。“どうしてオマエは(出番に合わせて)ステージを出たり入ったりしてるんだ?なんかヘンじゃない?”って(笑)。で、確か前回のツアーだったかな、ワンセットまるまるステージにいるようになった。アイツはリハーサルもレコーディングセッションも参加してるし、だから音的には昔となんら違いはないんだよ」

――いずれラミがもっと前面に出てきたりすることもあるんでしょうか。
「あるかもしれないね」

――それによってステージ上でのアナタのギタープレイが変わったりとかは?
「それはないと思うな。ライヴのときは音がものスゴくデカいし、オレはギターやドラムに囲まれてるから、あまり音がわからないんだよね…(笑)。静かめな曲のときに“なんだよ今のは!クレイジーだな、サイコーじゃねーか!”なんて思うことはあるけど。うるさい音のときはほとんど気づかないんだ(笑)」



――前2作『WASTING LIGHT』(2011年)と『SONIC HIGHWAYS』(2014年)は、プロデューサーにブッチ・ヴィグを起用しました。新作じゃブッチとのタッグは解消し、グレッグ・カーシンと初めてやってます。グレッグはロックフィールドというよりホップフィールドでの仕事が多いようで、PINK、KESHA、ケイティ・ペリーらとやってきてます。つまりFOO FIGHTERSが今日までに歩んできた道とは異なるフィールドの人なわけですけど、今回彼とやった理由とは? また、彼と一緒にやったことで新たな刺激を受けた、とかあります?
「実は彼もオレたちと同じ道から始まってるんだよ。彼もロサンゼルスでオレたちと同じ頃にパンクロックキッドだったから(笑)。ただ、彼の場合はその後色んな道をいき、ジャズとかもやってた。彼がポップアーティストを手がけるようになったのはいつ頃からだろうね。俺も知らないけど、かなり後になってかららしい。だけど彼はオレたちと同じ変人的なパンクロックガイさ。彼と一緒に組んだのは、彼がデイヴと友だちだったから。それまでは一緒に仕事することを考えてもいなかったらしい。だけどそれが去年いきなり“なあ、オレたち一緒に作品を作ったらいいかもしれないな”なんて話になった。それでメンバー全員が彼と会った。そしたらスゴくイイやつで、みんなとてもウマが合ったんだ。彼のアイデアも彼自身も最高だった。それで“よし、一緒にやろう!”ってことになったんだ」

――彼もようやく自分のルーツに触れることができたということでしょうか。
「そうだね。っていうか、ハードロックの作品を手がけたことがなかったらしい。確かエンジニアのダレル(・ソープ)も初めてだったはずさ(笑)。その場にいても全然気づかなかったけど。オレなんて完成寸前まで知らなかったんだから。“ぇ、今までこういうのやったことなかったの?”って思ったほどさ。それだけあまりにうまくやってのけてたからね。それまでとは全然違うのに、スゴく馴染みがあるような感じがしたんだ。スゴくやりやすかった。それでいて驚くようなアイデアを持ってきたりしたしさ。ヴォーカルだったり、ハーモニーだったり、ドラムやギターのサウンドだったり。オレたちが普段考えるのとは違うアイデアをいろいろ出してくれたんだ」

――前作と新作の作風的、音楽的な違いとはなんだと思います?
「前作は前作で不思議な作品だったからね。前作はツアーしながら作ったような作品だから。なにもかも大急ぎでやった。曲を作り始め、ミックスし、MVを作るまでを1週間でやらないといけなかった。デイヴはひと晩で歌詞を書き上げ…オレたちは金曜にはレコーディングを終え、そうしたらアイツがホテルの部屋に帰ってひと晩で歌詞を書き上げ、土曜に歌入れをして、日曜にはビデオを撮影した(笑)。だから新作とは比べようがないんだ。今回はハリウッドにある快適で居心地のいいちゃんとしたレコーディングスタジオで作業したしね。前作んときはスタジオですらないところでレコーディングしたときもあったんだ。そういうところにガラクタ(=機材)を一式持ち込んで作品ができるようにしたんだよね」

――新作でもっとも気に入ってる曲とは? またどの曲のギタープレイが好きですか?
「お気に入りを選ぶのって苦手なんだよな…コロコロ変わるから(笑)。新作やほかの何作かのいいところのこひとつは、スゴくライヴでやりやすいってことなんだ。みんな楽しくプレイしてる。数ヵ月前からツアーに向けてリハーサルを始め、1週間くらいやったんだけど、昔の曲なんてやらなかったよ。新曲ばかりプレイした。ツアーでやらないってわかってるのにさ(笑)。だけどとにかく楽しかったんだ。新曲をプレイできるってだけでも楽しかったし、シングルB面用の未発表曲をプレイできたのも楽しかった。今回レコーディングする前に何度も練習したから、すでに自分のものになってたというのもある。ものによってはレコーディングセッションの途中でいきなりできた曲もあるけど、多くはたくさん練習してからレコーディングに臨んだんだ」 新作を介してファンに伝え、一緒に共有したいと思う音楽的なこととは? 「とにかく新作をライヴでみんなと共有したいね。みんなに気に入ってもらえることを願ってるよ。だけど今はとにかくプレイできるってことだけでワクワクするんだ。みんなが気に入ってくれるかどうか、どう反応するか…曲によってはファンが長い間つき合ってくれるかもしれない。どの曲がそうなるか。オレたち的には“どの曲も最高だ!全部プレイすべきだ”なんて思うけど、どの曲が残る運命にあるかはファンのライヴ時のリアクションが教えてくれるんだよね」

――アナタは日頃パット・スメアを名乗ってますけど、本名はジョージ・アルバート・ルーゼンバーグですね。なぜ、違う名前を?
「(笑)。ハイスクール時代にジョークでつけた名前なんだ。あの頃はバンドが替わるたびに名前を変えててさ。この名前だけそのまま居ついたんだ。5つ目くらいの名前だったかな。毎回名前を変えるのが楽しかったんだよね。だけどみんなこう呼ぶから、まぁいいやって思って(笑)。今じゃ人生の大半がこの名前さ(笑)」

――本名より馴染みがあったりして(笑)。
「(笑)。この名前をつけたときはティーンエイジャーだった。16、7歳の頃だったから人生の大半がこれだよ。パットにしたのは当時、尊敬する人たちがみなフェイクネームだったんだ。デヴィッド・ボウイもアリス・クーパーもジョニー・ロットンもフェイクネームだった。で、バンドを始めたときに、オレたちもフェイクネームをつけようぜ!って話になったんだ。それに、自分たちがなにをやってるか親には知られたくなかったしね(笑)」




取材・文/有島博志
通訳・翻訳/安江幸子
写真・Yoshika Horita