ワンマン公演で101Aが見せた、
多面的かつ耽美的な世界と、その先

101A
October 1st , 2015 at Shibuya WWW, Tokyo

形容しがたい音楽やバンド…というのが、ときたまいる。もちろんルーツになっている音楽や、「こういうのが好きなんだろうな」と推察はできる。でも実際に鳴らしている音楽をどう説明したものか、うまい言葉がみつからないのだ。そういう、厄介だけど好奇心をくすぐられるバンドは、たしかにいる。この101A(ワン・ゼロ・ワン・エー)もそうだ。

実は彼らのことは、数年前に一度観ている。日本のインダストリアルやゴシック系の音楽をメインとした、老舗イベントだった。ただそのときもライヴを頭から最後まですべて観ることができなかったし、なにしろあれから時間が経った。しかし今回、ちょっとした縁があって、彼ら最近の音源を聴く機会に恵まれた。しかもワンマン公演が控えているとのことで、これは観にいかねばなるまい…と、渋谷WWWに行ってきた。

避難経路への誘導灯さえスイッチを切られた、最低限の照明だけがフロアを照らすなか、不穏なノイズとともに登場した101A。11月1日にリリースされるトリプルAサイド・シングル『sea, the water is wide, tales of ....』以外、過去の音源を聴かずにライヴに臨んだのだけど、始まった瞬間に驚きを隠せなかった。 NIRVANAばりの荒々しいファズ・ギターが轟いたかと思いきや、一旦解散する直前のTHE SMASHING PUMPKINSのように、プログラミングとバンドサウンドが激しくせめぎあう。次の瞬間には初期のNINE INCH NAILSやGODFLESHを思わせる、ヘヴィなインダストリアルに様変わりし、いつのまにかMY BLOODY VALENTINEよろしく、轟音がとろけるようなシューゲイザーになっている。the k(b,prog)とSally(ds)はほぼ低位置から動かず、わりと淡々とプレイするが、noah(vo,g)は長い髪を振り乱しながら、悲壮感さえ帯びた歌声を響かせる。さきに並べたバンドからの影響はたしかに感じられるのだけど、そのどれにも似ていない。ニューウェイヴ/ポストパンクに始まり、グランジもシューゲイザーもインダストリアルもポストロックも、80年代から2000年代初頭にかけての要素をまとめ上げ、触れれば壊れそうなほど繊細な世界観を構築しているのだ。そのサウンドもメロディもダークかつ耽美的ながら、ふとした瞬間に光が差すようなポップさを覗かせるところもたまらない。響きわたるノイズも、暴力的な側面はあまり感じられない。メタルのカラーはほぼ皆無だが、それでもこれだけヘヴィなサウンドを構築し、かつデリケートなメロディと調和させているのは見事だ。

この夜はVJも起用されており、開演前からステージ真後ろに映像が映し出されていたのだが、数曲を除き、ライヴでもコラボ。例えば、静から動へ、嵐のようなサウンドへと展開していく“雪の世界”では、ちらつく雪が次第に吹雪へと変わっていく様を写しだし、たくさんの蝶が舞っているかのような映像をバックにプレイした“swallowtail”では、映像と曲、そしてパフォーマンスが互いに引き立てあう形となっていた。また“0号室の旅人”では、オーロラ等の環境映像と、今まさにプレイしているメンバーがリアルタイムで映し出されたりも。視覚でもさまざまな表現を試みることで、幾度もハイライトとなる瞬間を作りだしていた。

そのサウンドから、てっきりひたすら曲をプレイするのかと思いきや、数ヶ所で告知も含めたMCも入れていた。特にSallyは人生でも初のMCだったそうで(笑)、たどたどしいながらもシングルについてを告知。ほかのメンバーも決して弁が立つというわけではなさそうだが、そのシリアスなサウンドとは裏腹の、朴訥とした雰囲気もまた魅力だろう。
そしてMCから「ここからは立て続けに」と、“Sex Slave”ほか、初期のヘヴィかつ激しい楽曲を連発。それまでに作り上げた空気を、荒々しいプレイとフィードバック・ノイズで自ら破壊し、ステージを後にした。その後のダブル・アンコールも含め、ゆうに2時間を越える濃密なライヴで、101Aというバンドを堪能した。まずは『sea, the water is wide, tales of ....』を皮切りに、過去作にも改めて触れて、そのサウンドの変遷とルーツを探りたいところ。近々メンバーへのインタヴューも行うので、2015年の秋から冬にかけては、101Aを掘り下げる季節になりそうだ。


text by Yusuke Mochizuki


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