連載前回に書いた。通算3枚目『FEVER』(2010年)はBULLET FOR MY VALENTINE(BFMV)の作品
以外の何物でもないと断言できると同時に、前2作『THE POISON』(2005年)、『SCREAM AIM FIRE』
(2008年)とは違うトーン、響き、色合いを放つ音像、作風で、一部のファンからは「なんか変わった」と
の意見が噴出した。“問題作”との言葉を持ち出すほどの“後ろ向きな変化”じゃなかったけど、それまで
との“違い”を感じ取った人は当時少なくなった。正直言うと、自分も今作を初めて聴いたとき、「ん? なん
かちょっと前とは…」と思ったクチだ。

これまでの連載を読んでいただければわかるとおり、マット・タック(vo,g)はノドを患い、手術も受けた。
それも『SCREAM AIM FIRE』制作真っ最中に、だ。そして担当医とヴォーカルコーチより「もう前の声は
出ない」とシンガーにとっちゃ致命的とも言える宣告を受けてる。当時、マットは「(歌ってるとき)前は気に
ならなかったノドの筋肉の動きを感じたりしてる。今のノドでベストな声を作っていこうと思ってる」と語って
る。シンガーにとって“大きなハンデ”を負ってるわけだけど、ここでスゴいと言わざるを得ないのが、それ
でも前2作以上に今作じゃヴォーカル、コーラス、そのハーモニーに重き、主題が置かれていることだ。
マットはその頃の自分のノドの状態を実に冷静に直視し、完全に受け入れ、その状態ででき得る最高域を
目指しつつさまざまな声色を使い分け、新しい歌唱法にもトライしてる。「生まれながらに精神面は強い」と
マットは言うけど、まさにそのとおりで、“大きなハンデ”を背負いながらも新しいことにいくつも挑戦し、まっ
たく未知の領域を切り開き、そこに押し入っていく、なんていうことはそうやすやすとできることじゃない。
ホンの一握りの人しか実践できない大変勇気のいることだ。当然、そこには大きなリスクも伴う。マットの
成しとげたいと思ったらなにがあろうと絶対に成しとげる、というストイックさ、そしてその源泉となる精神的
タフさは相当なものだ。ぶっちゃけハンパない(笑)。なお、自分が今作第一聴時に「ん? なんかちょっと前
とは…」と即ピンときたのは“Your Betrayal”、“Fever”、“Breaking Out Breaking Down”、“Bittersweet
Memories”、“Dignity”などだった。今作のヴォーカルアプローチについて、当時マットはこう発言してる。

「今作における最大の目標は、オレがどれだけすばらしいシンガーになり得るかってことを世間
に知らしめることだった。『スクリーム・エイム・ファイア』は確かによく売れた。ほとんどの国で
『ザ・ポイズン』より売れた。オレにしてみれば(ノドの状態が)決してベストとは言えなかったあの
内容で、あれだけ売れた。制作当時、オレがどういう状況にあったかは、ファンや記事を読んだ
人なら知ってたハズだから、そこはみんな理解してくれてたと思う。それでもそれを受け入れられ
なかった人もいて、ヴォーカルのせいで気に入らなかった人たちもいた。だけど、それはオレには
どうすることもできなかった。だから個人的には今作はヴォーカルがすべてで、調子がバッチリの
オレが自分の限界に挑戦したときにどれほどスゴいことができるか、だったんだ」


制作に突入する前の今作のビジョンはこういうものだった、とマットは続けた。

「コレと言って特にはなかったんだ。唯一やりたかったのは、前2作で犯した過ちを繰り返さないっ
ていうこと。両作品のハイライトと思われるものからの影響と方向性を取り入れ、今作ではそういっ
たものに専念するよう心がけた。あと、いかにもなスラッシュメタル作にはしたくなかった。スラッ
シュメタルからの影響も取り入れた、ミドルテンポのハードロック作にしたかったんだ。曲作りの前
にオレたちの念願にあったのはそれだけだったよ」


そしてコリン・リチャードソンからドン・ギルモアへのプロデューサー交代について、こうハッキリ言い切ってた。

(コリンと一緒に仕事をした)それまでの居心地のイイ環境から抜け出し、作品をたくさん売った実績
のある人にプロデュースを頼み、メタルファンだけに限定するんじゃなく、一般的なロックファンの間
でもブレイクすべきだと、レコード会社から提案があったんだ。だからオレたちが最初っからドンに
プロデュースしてもらおうと思っていたわけじゃない。そう提案されたんで、オレがドンに会い、今後
の方向性やイイ点、悪い点についてじっくり話し合ったんだ。で、ドンはオレたちをレベルアップさせ、
世界屈指のロックバンドに仕立て上げる確たる自信を持ってたので、彼と組むことにしたんだ。
レコード会社からの提案がなかったら、もしかしたらもう1枚コリンと作ってたかもしれない。彼はす
ばらしい人で、公私ともに大好きだ。彼は間違いなくBFMVの第5のメンバーだし、今後もずっとそう。
オレたちが成功したのも、彼に負うところが大きい。世界一のプロデューサーではないかもしれない
けど、音楽に対する耳は確かだ。そうした関係を築いてきたわけだから、今回彼をプロデューサーに
迎えられなかったのは複雑だったけど、BFMVを前進させるために必要なことだった。この件に関し
ては彼とは何度も話をしたんだ。今作の制作に入る直前、コリンとドンの間でアイディアを交換してたし、
コリンがオレたちにとってどれほど大切か、ドンはちゃんとわかってたから、2人でオレたちのイイとこ
ろを最大限に引き出そうとしてくれたんだ」


そこで興味深かったのが、マットがドンとどういうふうに接し、仕事をしながら受け入れ、最終的に「最高
の作品を作ろう!」という強い想いをシェアしたのか、だ。前にも書いたけど、マットは初対面の人には
そう簡単には心を開かないからだ。

「ドンと心の絆を築くのにはずいぶん長い時間がかかったよ。コリン以外の人とは一緒に仕事をした
ことがなかったんで、最初は自分の将来を他人の手に委ねるのがスゴく怖かった。だけど最終的に
はうまくいった。ヴォーカル録りになってもオレはまだ少しドンに対して懐疑的だったけど、完成した
5、6曲を聴き、辻褄が合ってることがわかると、彼に対して少しガードを下げたんだ。彼の言ってる
こと、言わんとしてることにもっと耳を傾けるようになってからの作業はバッチリだった。最後の2週間
で、ヴォーカル録りの残り半分をやってしまったんだから。それまでは3、4曲やるのに1ヵ月もかかっ
たけど、すべてがうまくいきだした。一緒に曲を作っていき、意見を交換し合った。やっと絆が生まれ
たのでよかったよ。ゼロのところから人間関係をしっかりと築き上げ、作業もスムーズにいくようにな
るまでには思ってたよりも時間のかかることだ、ということを彼から学んだけどそれはすべて、新曲を
よりよくするためだった。彼はヴォーカル録りのとき、歌詞やメロディの面でオレを助けてくれた。音
楽面はオレたちの好きにさせてくれたけど、ヴォーカル録りが始まるやいなや彼が仕切り出して、ダメ
なときはダメ、よかったときはよかったと、スゴく正直に言ってくれた。そのせいで言い争いになったこ
ともあったけど、彼はどうやったらオレのスイッチを入れられるかをわかってたんだ(苦笑)。オレから
最高のものを引き出す術を知ってたんだよ」


ドンに対して少しガードを下げたっていうのが、いかにもマットらしいじゃないか(笑)。そして今作の音楽的方
向性、作風について、こう断言した。

「オレたちの音楽的アイデンティティはしっかりキープしたから、ちゃんとBFMVらしいサウンドにはなっ
てるけど、前よりポリッシュされてるし、さらに成長した感もある。すべてがよりダイレクトでよくなってる。
そこがドンの腕の見せどころだったんだ。彼がオレたちをより成長した自信のあるバンドにしてくれた。
個人的には、彼が最高だと思えるまで歌メロや歌詞を何度も書き直したんで、時間をかけられるだけ
かけ、彼が最高だと思えるまでやった。いかにもBFMVらしいけど、とてもフレッシュで新しいものに仕
上がったよ。ヴォーカル面で、前とは違うことをいろいろ試してみたんだ。さまざまなスタイルのウィス
パーやスクリームを試してみたり、いろんなキーで歌ってみたりして、言われなければやらなかったで
あろうことをいろいろやった。ウィスパーみたいなシンプルなことが、曲にものスゴいダイナミクスを加え
たので際立たせることができた。そういった、前にはなかったちょっとしたニュアンスやタッチをホンの
一部に加えることにより、みんながもっと楽しめるようなものに仕上がったんだよ」


今作の制作に取りかかる前、まだ曲作りの段階にあったとき、マットはとあるインタヴューで「次作にはロッカ
バラード調のスローチューンは入らないと思う」と言ってたのだけど、どうしてどうして。“A Place Where You
Belong”、“Bittersweet Memories”と少なくとも2曲ある(笑)。どういう事情、経緯でそうなったのかは知らない
のだけど、今作を聴くたびにそのマットの発言を思い出すゆえ、いつか訊いてみたいと思ってる(笑)。

今作は2010年4月に発売されるやUSチャート初登場3位を、日本のオリコン洋楽アルバムチャート初登場1位
を奪取し、BFMV人気はさらに加速した。日本じゃ『SCREAM AIM FIRE』に続き、2作連続で初登場1位という
金字塔を打ち立てたのだった。


次回に続く…(2013年2月22日更新予定)