改めて言うまでもない。アーティストに音楽や作品について訊き、その想いや意見をメディアを介して
できるだけ多くの人たちに伝え、広めてもいくのが自分の仕事だ。そして、それをするのが好きだから
こそ、ここまで長いこと続けてこれたんだと思う。その過程で、それに対しては“一瞬の迷い”も“一点の
濁り”もなかった。とても幸運なことに、これまでホントに数多くのアーティストたちを取材してきたけど、
ある日ふと気づいたことがある。対象のアーティスト自体をはじめ、その音楽や作品やライヴにゾッコン
っていうのは当たり前、基本だ。それよりもっと前の話で、「いったいどういう人たちなんだろ?」という
“人となり”に関心、興味を持ち、聞き出すことで「なるほど。だからこそ、こういう素敵な音楽が作れちゃう
わけね」と納得しつつそれを伝え、広めることにより、ファンの人たちにそのアーティスト自体はもとより
その音楽や作品のことなどをもっと深く、詳しく知ってもらいより好きになってもらえれば、というところに
“取材の主題”が移行してた。
とは言え、自分が音楽メディア人であることに変わりはないし、GrindHouse magazineも音楽誌以外
の何物でもないことは紛れもない事実だ。自分の立ち位置やmagazineの性格からどうアーティストたち
の“人となり”を引き出し、そして伝え、広めるか。なかにはそういうことを聞き出すような内容の質問に前向
きじゃないアーティストたちもいる。進んで話してくれるアーティストたちも決して少なくはないけど、「アナタ
の人間性は?」なんて唐突に訊くわけにはいかない、そんなのは論外、失礼だ。で、辿り着いたのが音楽や
作品についてじゃなく、それでいてアーティストたちにも、またファンたちにも身近なアングルで取材し、その
答えや意見からその“人となり”を掴んでもらえれば、だった。
2012年5月31日発売のVol.72までGrindHouse magazineは商業誌だった。その号まで毎号連載、もしく
は不定期連載してたコラム的記事がいくつかある。アーティストたちが自身に入れてるタトゥーについて語る
“TATTOO Museum落書き美術館”、自分の担当楽器などを話す“This is my WEAPON”、そしてアーティスト
たちのファッション感覚に迫る“Outside & Inside”などが、そうだ。ここ10年ぐらいで日本におけるタトゥーに
対する見方や受け取り方に、特にヤングジェネレーションの間じゃ確かな変化があったこともあり、“TATTOO
Museum落書き美術館”は毎号好評だった。このコラムを読み、タトゥーを入れた、もしくは反対にタトゥーを
入れることを思い留まったという声もチラホラ聞こえてきたほどだった。

もちろん、BULLET FOR MY VALENTINE(BFMV)にも
過去何度か“TATTOO Museum落書き美術館”に登場
してもらってる。最初は2006年3月31日発売のVol.35で、
マット(vo,g)のタトゥーを紹介した。右にあるのがその記
事ページで、2006年1月に実現した再来日公演時に撮影
した写真を掲載した。当時は今より断然入れてるタトゥー
が少なく、また腕が細いのもすぐわかるだろう。
この頃、マットはタトゥーについてこう発言してる。

「オレにとってタトゥーとは人生における思い出とか、
反抗的な気持ちを表わすものでね。つまり自己表現
の手段のひとつというわけさ。なかには後で後悔した
くないからタトゥーを入れるつもりはないって言う人も
いるけど、別に後悔したってイイじゃないか。やりたけ
ればやりゃイイんだよ」


このコメントを聞いたとき、咄嗟に「彼らしいな~」と思った
のを覚えてる。なにをするにも中途半端なのが1番嫌いっ
ていう、マットの“人となり”が凝縮されてる(笑)。で、この左
腕上部のトライバル系タトゥーがマットにとっての初タトゥー
となった。こう続けた。

「16歳のときに初めて入れたんだ。その後いろいろデ
ザインを足してる。今後もっと増えていくだろうから、
そういう意味じゃまだ未完成なんだよね」


その後増えていったのは、最近のマットを見れば一目瞭
然だろう。そして、タトゥーに関して、こう締めくくった。

「まず、本当にタトゥーを入れたいのかどうか、自分の
気持ちを確かめる必要がある。急いでやる必要なんてどこにもないんだから。タトゥーショップに
ある適当なデザインで間に合わせるんじゃなく、自分の納得がいく、気に入ったものにするべきだ。
それを自分がデザインできるのならなおベストだね」


ここにもマットの実にハッキリとした“人となり”がよく出てる
じゃないか。続いて登場してくれたのが、パッジ(g,vo)だ。
2枚目『SCREAM AIM FIRE』(2008年)を完成させた直後
の、2007年11月30日発売のVol.45に掲載した。左のが
その記事だ。自身のタトゥーについて当時、こう語ってた。

「17歳のときに右腕にイバラのタトゥーを入れたのが
最初だったんだ。左腕のはBFMVでメジャーレーベル
と契約したとき、それまでやってた仕事を辞め、“音楽
で食っていく”って決心を込めて入れたもの。
ただ、オレにとってのタトゥーって基本的にはボディ
アートのようなもんだから、それ以外のタトゥーには
深い意味はないんだ。正直言うと、今考えるとこの
イバラをなんで入れたのかわからないんだよね(笑)。
誰でもだいたい、最初に入れたタトゥーって納得して
ないよね(笑)。たぶん入れた理由は、当時友達の間
で流行ってたってだけのことだったと思うな。だから
これからタトゥーを入れたいと思ってる人たちにぜひ
進言したいな。オレみたいに焦らず、じっくり考えて
入れることをお勧めしたいよ(笑)。アルバム契約…と
まではいかなくとも、なにかあったときとか、大きな
決断をしたときに入れるべきだよ。基本的にはタトゥー
って一生消えないものだから」


うっすらとかもしれないけど、その発言からはパッジの
“人となり”が浮かんでくるだろう。






で、決して特別な取り計らいをしたわけじゃないけど(笑)、
ジェイ(vo,b)は2度登場してくれてる。2008年3月31日
発売のVol.47と、2010年5月31日発売のVol.60だ。前者
は4度目の来日公演直前のタイミングで(記事写真右上)、
後者は連載前々回に書いた3枚目『FEVER』(2010年)
発売直前に行った現地取材/写真撮影でのときの写真
(右下)を掲載した。その2点の写真を見てもらえばわかる
とおり、タトゥーが一気に増量されてる(笑)。
ジェイのタトゥーに対するこだわりは、こうだ。まず2008年
の発言だ。

「入れてるタトゥーに、それぞれまったく異なるけど
意味はあるよ。実はまだ誰にも語ったことがなかっ
たんだ。左肩のものはわかりやすくてアイアン・メイ
デンだよ。彼らのすべてのアルバムジャケを組み合
わせたデザインでね。とても気に入ってる。で、右肩
のものには“生と死”の意味がある。一昨年(2006年)
7月に娘が生まれた。娘の命を運んできてくれた存在
として、天使の絵を入れた。ただ、娘が生まれた2週
間後に今度は親父が亡くなった。それがグレムリンの
絵。親父の魂を持ち去った存在ってことだね。同時期
にオレの周りで誕生と死が起こり、すごく複雑な思い
をしたし、決して忘れることのできない出来事だったか
らタトゥーにしたんだ」


2010年はこう語ってる。

「時間があればいつでもタトゥーを入れたいと思って
るんだ(笑)。ツアーを終え、家に帰ればなんかしら入
れてるから。左腕にまたタトゥーを入れたんだ。今度
日本に行ったとき、ステージ上からみんなにも見ても
らえるよ! いつも同じタトゥーアーティストにお願いし
てるんだ。ヤツは同じウェールズ出身で、親しい友達
でもある。そういう意味でもつき合いが長く、信頼もし
てるから、いつも事前にタトゥーデザインのアイディア
を伝え、図案を起してもらう。
これまでに入れたタトゥーで一番大事なのは右腕の
ヤツ。オレの親父と娘なんだ。だから今後右腕にさら
にタトゥーを入れ、完成すると、うちの家系図になると
いうアイディアなんだ」


モノクロ写真ゆえわかりづらいだろうけど、ジェイのタトゥー
インクはほぼ黒で統一されてる。

「オレ、あまりカラフルな色を入れてないんだ。
ムース(ds)のタトゥーはスゴく綺麗な色をしてるし、
あんなふうに仕上げられたらイイとは思うけど、オレ
は相当前に入れたし、最初から黒でデザインしても
らったものだから、ここに色を重ねるのって大変なん
だよね。この黒のタトゥーで納得してるし、このまま
でイイよ(笑)」


ジェイの近影を見れば一目瞭然だけど、今さらにタトゥー
が増えてる。腕もブッ太くなり、またもやヘアスタイルも
違う(笑)。次の来日のときはぜひムースにもタトゥーの話
を訊き、なにかしらの方法でみなさんに見て、読んでもら
おうと思ってる。


次回に続く…(2013年2月25日更新予定)